鳴つた。同時に雨はどーつと瀧のやうな音を立てゝ注いで來た。腰まで掘り下げた穴にはまた泥が一層ひどく流れ込んで來た。その泥は穴の周圍の泥が流れ込むのではなく、空から雨と一緒に降つて來るやうに思はれて來た。頭にも項にも胸にも腰にも泥の雨は注いだ。
由藏はもういくら掘つても無駄だと思つた。ぐつぐつしてゐると、自分の身体まで泥の雨に埋められて了ふやうな氣がして來た。
彼は棺を抱えて來て穴の中へ入れた。棺は半分しか穴の中に隱れなかつた。彼はあと半分は土を盛つて隱さうとした。
しかし雨は棺の上に盛つた土を直ぐに洗ひ落した。彼は草ごと土を掘り取つては棺の上に盛つた。と萬能の先が棺の蓋にがたりと当つた。蓋はまたばりゝと割れた。キラツと閃めく雷光が、親爺の白髮のうなじを青くはつきりと見せた。
由藏の頭は少しぼーつとなつて來た。
由藏はもう萬能を棄てた。そしてまるで熊のやうな恰好に、背を円くし十本の指を熊の爪のやうに彎曲さして、それで土を掘つては親爺の項の上にかけた。次に兩手の土を持つて行つたときは、先の土はすつかり洗ひ落されてゐた。それでも彼は土を盛つた。
けれど、いくら土を盛つても盛つても親爺のうなじは見えなくならなかつた。
底本:「茨城近代文学選集2[#「2」はローマ数字、1−13−22]」常陽新聞社
1977(昭和52)年11月30日発行
初出:「早稲田文学」
1923(大正12)年5月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
※「來」と「来」、「聲」と「声」、「邊」と「辺」の混在は、底本通りです。
※底本では「纜」の右上は、「ケ」のようにつくられています。この異なりが、JIS X 0208 の規格票でいう「デザインの差」に該当するのか否か、判断が付きませんでしたが、ここでは「纜」としておきました。
入力:林 幸雄
校正:富田倫生
2005年12月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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