、寺男は力ずくで法師をひきたて、その手をしっかりにぎって、むりやりに、寺へひっぱってきました。
 寺の坊《ぼう》さんは、びしょぬれになっている法師の着物をきかえさせ、あたたかいものを食《た》べさせて、できるだけ心をおちつかせました。なにかに心をうばわれたようになっていた法師は、そこでようやくわれにかえりました。そして、お坊さんや寺男が、じぶんのために、どんなに心配《しんぱい》をし、骨《ほね》をおったかをしり、たいへんすまないように思い、そこで、なにもかも、お坊さんにうちあけてしまいました。
 お坊さんはそれをきくと、
「法一さん、それは、おまえのふしぎなほどに、たくみなびわ[#「びわ」に傍点]の腕《うで》まえが、おまえをそういうところへみちびいたのじゃ。芸《げい》ごとの奥《おく》に達《たっ》すると、そういうことがあるもので、これはおまえの芸道《げいどう》のためには、よろこばしいことじゃが、しかし、あぶないところじゃった。昨夜《ゆうべ》、おまえは平家《へいけ》の墓場《はかば》の前で、雨にぬれて、すわっていたそうじゃ。おまえは、なにかまぼろしを見て、そうしていたのじゃろうが、いつまでも、そうしていたら、平家の亡者《もうじゃ》の中へひきこまれ、ついには八《や》つざきにされてしまうところじゃった。もう、どこへもいってはならぬぞ。わしは、今夜《こんや》も法事《ほうじ》で、るすをするが、おまえが使《つか》いのものに、つれていかれないように、今夜は、おまえのからだを、よくまもっておかねばならぬわい。」
 そこで、法師をはだかにして、ありがたい、はんにゃしんきょうの経文《きょうもん》を、頭《あたま》から胸《むね》、胴《どう》から背《せ》、手《て》から足《あし》、はては、足《あし》のうらまで一|面《めん》に墨《すみ》くろぐろと書《か》きつけました。そしてまた、着物をきせて、お坊《ぼう》さんは、
「わしは、まもなくでかけるが、おまえはいつものえんがわにすわっていなされ。やがて、れいの武士《ぶし》が来て、おまえの名をよぶだろうが、おまえは、どんなことがあっても、だんじて返事《へんじ》をしてはならぬ。万一《まんいち》返事をしたなら、おまえのからだは、ひきさかれてしまうのだ。また人のたすけをよんでもならぬぞ。だれもたすけることはできぬのだからな。そうして、おまえがりっぱに、わしのいいつけをま
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