ているところ、ちょっと見たら、中学生の昼寝じゃないかと思ったわ」
「敵の軍勢がいないんだよ」
「敵がいない戦争なんてあって?」
「本当は、兵隊どもは自分たちの敵を見つけることが出来ないのだとも云える。もっとも、たった一度、我軍のタンクを草むらの中から覗《ねら》っている野砲があったので、一人の勇士がタンクを乗り捨てて手擲弾《しゅてきだん》でその野砲を退治してみたところが、それもやっぱり敵ではなくて我々と同じようなヘルメットをかぶった味方の兵士だった。それでね、大騒ぎになって、いろいろ調べてみると、莫迦《ばか》げた話じゃないか、それは何でもトルキスタンあたりの或る活動会社が金儲けのために仕組んだ芝居だったのだ」
「カラコラム映画会社に違いないわ」
「そうかも知れない。つまり、そうすると我々神聖義勇軍たるものは最初から、他人《ひと》のストライキつぶしと、そんな映画会社の金儲けのために、だしに使われていたのも同然なんだ。キャメラは始終草の茂った塹壕の中や、人の逃げてしまった民家の戸口の蔭なぞにかくれて、我々の行動を撮影していたらしい。そして、時々そんな思い切った出鱈目《でたらめ》な芝居をしては『敵兵の暴虐《ぼうぎゃく》』とか何とかタイトルをつけて、しこたま興行価値を上げようとたくらんだんだ」
「つまんねえなあ」と、そこで娘は口を尖らすと、紅棒《リップスティック》を出してその唇を染めながら、ハンドバッグの鏡を横目で睨みました。
「戦争が世界の流行だから、そう云うことになるんだ」オング君も肩をすぼめて見せました。「みんなみんな金さえ儲ければいいんだよ。悪い世の中じゃないか。……その紅、何てんだい?」
「ブルジュワ・ルージュ。あら、洒落じゃないのよ。本当にそう書いてあるんだもの……それで可哀想に、あんたみたいな、お母さん子までが、そんなに真黒になって、戦に行くなんて、堪《たま》らないね」
「義勇軍だから、僕は自ら進んで行ったんだ。ひどい迷信さ」
「あたい、『ビッグ・パレード』だの『ウイングス』で随分教養のある青年達が、ただ兵士募集の触れ太鼓を聞いただけで、理由もわからず暗雲《やみくも》に感動して出征するのを見て、男って野蛮人だなあと思って呆れかえっちゃった」
「それで大入満員だから困る。世界中の一番兵隊に行きそうな何百何千万と云う見物を煽動したり、金を儲けたりするのは、その大勢の見物を陥穽《おとしあな》にかけた上、膏血《こうけつ》を絞りとるもので、最も不埒な悪徳と云うべきだ」
「活動写真は何よりも容易《やす》くて人気のある見せ物だから、活動を見る程の人の大部分は一等戦争やなんかに係りがあるわけだわね」
「うん、だから、そうなると最早や、芸術的価値なぞは問題ではなくて、その製作者こそ本当に見物の敵に他ならなくなるのだ」
「あたし、よく判らないけど、とにかく戦争だけを売物にする映画なんて、その根性が考えられないわ、それだのに、あとからあとから、幾つでも戦争映画ばかりが世の中に出て来るんだもの、そして、到頭、カラコラム映画なんかまでが、真似して『時勢は移る』とか何とかベカベカな偽物をこしらえるんだから助らねえな」
「『時世は移る』と云う自然の道理が解らないのだよ。地球がどんなに規則正しく、決してスピードなんかかけやしないけど、きつきつとして廻っているか、本当に気がついていないのだね」
[#地付き](一九二八年七月号)
底本:「「探偵趣味」傑作選 幻の探偵雑誌2」ミステリー文学資料館・編、光文社文庫、光文社
2000(平成12)年4月20日初版1刷発行
初出:「探偵趣味」
1928(昭和3)年7月号
入力:網迫、土屋隆
校正:noriko saito
2005年6月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ワタナベ オン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング