、。何物の為めの装飾であらう。考へたつて分りやうはない。蝨といふいやしい虫でも、其棲む環境に対する聯想を離れて、生きた姿其者を窺ふと、甲冑いかめしい美しいつくりである。然しそれとて、我々が考へるやうに「美」の為めに出来上つたものではない。食ふか食はれるかの必然がそこに到らしめた結果である。凡て好く生きるものは美しい。年頃の人には女の乳房さへ美しく見える。戦も亦美しい。より好く生きようといふ民族の願望がそれを美と感ぜしめるのである。老いたもの朽ちたものも美しいといふ人がある。それは憐みの心がさう思はせるのであらう。老いた人が次の代の為めに夢を伝へる姿は、それは本来の美しさである。密林の朽木がわかい下草の肥《こやし》になる犠牲の様態には、畏敬に伴ふ美があらう。
 アナトオル・フランスの小説の中に、フランスの民族は世界の文化の為に十分の貢献を尽した。よしんば其国が滅んでも思ひ残す所は有るまいといふ句があつた。どの小説であつたかと、その後捜して見たが、つひ見当らなかつた。その句はフランスの讖をなした。然しさう云ふ風に自ら憐むの美を以て得心することが出来ようか。
 未来に栄える実用を包蔵しないも
前へ 次へ
全18ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
木下 杢太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング