はしたころ、木の葉はまだちらほらとしか出ない。其風情も亦甚だ好い。さすがに茶人は好んでその秋の枯枝を挿花にする。
其日にはどの枝も殆ど満開であつた。地《ぢ》を梅鼠がかつた濃い茶にして、其一枝を写し試みた。
六月の始め隣の枇杷はいよいよ熟した。この三四年実の枯れ、蕾のつぶだつのを見て過した。それは暦のやうであつた。そして天行の健かにして、且つ倏忽なるのを感じないわけには行かなかつた。
枇杷の花やつひこなひだは実だつたが
それは庸事《ただごと》であるが実感である。
終日枇杷を写して更紗やうの模様にした。ところがその時はまだ先生の新著の名前をば聞いて居なかつた。小手鞠と枇杷と、この二枚の絵を、書肆を通じて、博士に示すと、博士はあとの物を選ばれた。今贈られた本を見ると「ちぎれ雲」が其名である。そして其標題の事象の季は秋であるといふ。ちぎれ雲に枇杷の実を配したのは、心有る為草《しぐさ》とは謂へなかつた。先生は猿蓑の
たゝらの雲のまだ赤き空 去来
一構|鞦《しりがい》つくる窗のはな 凡兆
枇杷の古葉に木芽《このめ》もえたつ 史邦
を引いて此不調
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