る。
自然でさへも輕佻である。一日の内に海や空が幾度色を變へるか知れはしない。遠く、水平線上に相模の大山の一帶が浮んで居る。予の見たのは夕方であつた。緑の水の上の、入日を受けた大山の影繪《シルエツト》は眞に一個の乾闥婆城《フアタア・モルガアナ》であつた。その赤と云つても單調の赤ではない。燈火に照らされた鮮かな自然銅鑛の赤である。而してその日かげの紫は、正に濁つた螢石《フリウオリイン》の紫である。其間にも殊に光つた岬影の一部は、あかあかと熱せられたる電氣暖爐の銅板より外に比較の出來ない光澤に閃めいて居た。遠く、こなたの渚からその不思議な陸影を眺めて居ると、いつか心は亞刺比亞奇話のあやしい情調の國へ引き入れられるやうに思はれる。
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「濱の眞砂に文かけば
また波が來て消しゆきぬ。
あはれはるばる我《わが》おもひ
遠き岬に入日《いりひ》する」
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一條の微かなる浪の高まりがあるかなきかのやうに、その銅城のほとりから離れて來て、段々と色は濃く、形は明かになつて――人に擬して云ふならば、或諧謔を思ひついた人が、遠くから話相手と目指す人に笑ひながら近《
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