ンきすゞ》、供餅などを持つた人々が嚴肅に石段の上に並ぶ。そして何か重大なる事を期待して居るやうな顏をする。彼等は上の狹い廣場の鹿島踊の終るのを待つて居るのである。それが終へたらば直ちに動き出さうとするのである。そして坂下に集つて居る十人許りの男の子供は、皆法螺の貝の口を脣に當てて居る。また踊が終へたら鳴らさうとするのである。――此時既に予等は、海の波の諧音にも比すべき歌聲を聞いて居たのである。それは鹿島踊の人々の歌であつた。
 狹い、崖の上の廣場の石の鳥居の下で、三十人許りの烏帽子白丁の人々が踊ををどつて居るのである。人の相貌《フイジオノミイ》に對しては殊に深い興味を有する予は、直ちに是等の人々の内から面白い表情や骨骼を搜し出したのである。が、取り分けて予の心を動かしたのは、その側に立つて歌だけを唄ふ四人の謳者《うたひて》の極めて眞面目な顏であつた。
 歌の文句は善く分らない。「鎌倉の御所のお庭に椿を植ゑて、植えて育てて云々」といふのや「それ彌勒《みろく》の船の云々」といふのやの外には頓と解する事が出來なかつたが、それを音頭取つて歌ふ最端の一人は、海濱で屡見るやうな、まるで粘土で燒いた
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