サの賑かな街道に、煙草屋、下駄屋、小間物屋の間に共同の温泉場があつて、外から裸形の人影が覗かれるなどは、全く異郷の感じがする。道傍に立つ柳、石の道陸神、湯槽から出て川に流るる湯の匂ひ、冬の穩かなる日の微かなる風、また野邊の揚雲雀、藺の田に淀む脂などは正に蕪村の詩趣である。
 かう云ふ土地に生れて、今の世は知らず、昔ののんきな時代の人が怠け者か道樂者にならないと云ふ筈はないのである。さう云ふ人々の逸話も亦ここ彼方《かしこ》の家庭に殘つてゐる。その人々の多くは小高い山腹の墓の下に眠つて居る。その家は或はなくなり、或は今に殘つて、其あとの人々を住まして居る。
 Vedi Napoli e poi muori !(正月七日夕刻。)

 で、祭の事を書かう。をととし君と一緒に見たあの祭だ。予は四年目に一度あるものと思つて居たら、さうではなくて隔年にあるのであつた。そんなら君にさう言つてやるのだつたのに。今年はもう慣れて居たから大して心を動かすやうな事は無かつた。一昨年《をととし》は、君には言はないで居たが、十幾年の間と云ふもの、全く忘れて居たいろいろの物を突然見せられたのだからして、すつかり少年
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