フ赤き船の旗である。而して嚮に云ふ所の奉納の額は、かかる郷土を背景として鑑賞せねばならぬのである。
 土地柄、日蓮や曾我兄弟を對照とした額も少くない。これは亦違ふ方角の街區の寺で見られた。祖師堂の壁を飾る多くの額の内では船乘彌三郎の事を畫いたのが尤も興味があつた。この郷の一角を名所圖會の鳥瞰景に見たものが、額面の右の上部の大半を占め、その岬の鼻は尚左半の大部分に延びて居る。船乘彌三郎は小さい傳馬船に乘つて、今しもぱつと投網を打つた所である。途端金光は赫灼として海底の金佛から起つた。――然し繪馬の畫工は、もつと著しく土地と云ふものの概念を現はさうと欲したらしかつた。即ち海上に烟を吐く所の大島を畫きそへたのである。而してまた岬邊の一小島をも畫き漏らさなかつた。且一個の圖案としての因襲的興味を尊重する此の無名の畫工は、更に水平線上の二個の帆影、海を昇る朝暉の赤き後光を添加するを以つて、多くの效果を收むるものと考へたに相違ない。
 つまらない冥想を樂しんだあとで予等は寺の坂を下つた。それから小學校の庭でする消防出初式の稽古を見、冬の日の田圃の心持よい暖色を樂しみながら、午少し前の比《ころほ》ひ
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