か、――丁度自ら赤子を造るやうに、自分の心に眼に愛するものを造らずに置かない。まち子はまたやがてトマトを植ゑた。ありあまる日光は直ちにトマトの芽を出させて花を咲かせた。そして宝玉のやうな実が強烈な日光のなかに一人、慈愛深く微笑んだ時、彼女は只歓喜した。前から心ひそかに空想にふけって居た、いつかはこの自分の肉体のなかから、心のなかから生れて来るといふ赤子の象徴のやうにも見えて、また物珍しくもあった。
彼女は、毎日あきずにその美しい果実のつやと、大きさとを見た。すべてがかたくなに荒々しいなかに、なぜこの実ばかりが天使のやうにけがれなく、優しいのか。
けれども、その実をあらさうと、いづこともなくさすらひ来たやうな鶏を彼女は見つけた。いつも鶏はいつの間にやら悪魔のやうにひそやかにあらはれて来たのであった。彼女は、その小さな破壊者をわづかでも近づけまいと、いつか小石を拾って投げることを覚えた。
彼女は、今日も足元に小石をあつめたのである。そしてみまもる間もなく牝鶏が一匹の雛鶏を後に従えてトマトのそばに現はれた。
まち子は、その時ふとつれて歩く牝鶏のさまを茫然と見て居た。そしてその雛どりの一羽しか見えないのを不思議に思って見ながらも、手はいつか小石を拾って居た。一つの小石が飛んだ時、それは見当違ひであったので牝鶏がふと首を上げたばかりであったのに、なにげなく抛った第二の小石は、牝鶏の為めにも、またまち子の為めにも運命の恐ろしさだった。
小石は牝鶏をこして、牝鶏のかげに餌をあさる雛鳥の眉間に手強く命中した。雛鳥は、そのまゝ起き上らない。牝鶏は、立ちどまってくくと鳴いた。
まち子は、只怖れた。かくまでに死といふものが偶然であったかと云ふ事を考へたのではないが、夕方雛鳥が帰らなかった時に、その飼主のことを思って小石がなにげなく雛鳥の眉間に落ちたといふ事は自分の意志でなく力でなく、宇宙の不思議であるとしても、あまりに美しいリボンを頭につけることすら学校の教師に罪悪と教へられたまち子は、雛鳥の死はどれだけ大きな罪悪となって身にふりかゝる事かと考へたのである。
罪悪といふものが、彼女は心から芽ぐんで来るものだと云ふことを知らない。
罪悪といふものは頭の上から頭巾のやうに誰れかにかぶせられるものだと思ってたのだ。
まち子は、不意に悲しみに疲れたやうに、椽に腰を降ろして、使ってゐる土人の子をよんで、雛鳥をたしかめにやった。
彼女は、自分でそれをたしかめる事は、とても出来ない。絶望の時、その正反対のよろこびといふ事が、ふと頭にひらめくけれども、それとても自分でたしかめるのは恐ろしい。まち子は、茫然と考へてゐた。
土人の子供は、急いで見て来て、やはり死んでるとつげた。雛鳥は動かなかった。
『どうしやう、中村さんの家の鳥なのね。』
彼女は、きのふその鳥の飼主を知ったのを恨めしさうに云った。
『きび畑に投げて来やう。』
土人の子はそばに茫然立って云った。
『いけない、いけない。』まち子は、そのまゝ橡側にかけ上って、廊下を小走りに電話室に行って、大事件のやうに鈴をならして会社に電話をかけた。
良人は電話口でまち子の云ふ事を聞いて居たが、たちまち笑ひ出して、『そんな事は、ほっといたらいゝ、』といって取り合はない。
『どうしやう――』と再び電話口で哀願したけれども、男はその時、笑ふより処置がなかったと見えて、矢張り笑ってる。
まち子は、電話を切って、茫然と廊下を引きかへしながら、
『ほっとかれる事ぢゃない』と繰り返してまた椽に佇みながらやっぱり、中村さんの家にあやまりに行かねばならないと考へた。
いつか、時は移った。きづついたものゝ終りを思はせるやうに日は凄く、真紅にたゞれて落ちて行く。西日が土の上にも赤い。雛はやはりトマトの影に小さな骸をよこたへてゐる。
まち子の瞳は、いつか茫然とうるんで居た。そしてそのうるんだ瞳のなかに雛鳥の淡い褐色の初毛が、かすかに動いてるのを見た。
彼女は、やがて驚いて眼を見はった。雛鳥は、むく/\と起き上って二足三足歩きかけては、よろ/\と倒れた。が、またよた/\と起き上ったかと思ふと、ふらりふらりと、恰も自分の身体を自分でもて遊んで居るやうに、また宙に迷ってる魂の為めにいづこともなく支配されて行くやうに、西日に彩どられた空と土との間にさゝやかな身体を一軒おいた隣りの自分の巣へと運んで行った。
小鳥にとってトマトの葉かげに起き上らなかった暫しは、苦しい夢であったか、楽しい夢であったかわからないが、その夢は恐ろしい永遠といふものに結びつけられずに、とにかく目覚めた。彼女はぼんやりと雛鳥の後影を見まもりながら、雛鳥の夢に結びついた自分の罪悪がまた夢のやうに消えて行ったことを思って目を見はった。そして空を仰い
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