になると、鏡にうつる彼女の顔はまっ青だ。そしてやせて骨だらけな身体が死んだやうに白い。それに髪の毛ばかりが真黒でおもたさうに見えるのであった。
朝子は、ポタ、ポタ、ポタと、どこかに水の落ちる音を耳にしながら、鏡にうつってゐる自分の身体をぢっと見つめて、ぼっとしたやうな心持になると、鏡のなかの自分の眼の色が白く妙にかはって行くのに驚かされて、はっ[#「はっ」に傍点]とした。彼女は鏡を横にして、あわてたやうに洗ひ出した。
肺の悪い朝子は、この五月に発熱してながく床についてから、初めて自分の弱って行く身体を気にするやうになった。気にしないではゐられないほど弱って来たからであった。そして妙に涙よわく、力なくなったのも、身体が弱くなって来たせゐだらうと、彼女は考へた。
一寸した日の照り工合やなにかの為めにも体温の変化がはげしかったりするので、朝子はなによりもその日の天気を気にした。それから食事や、一寸した痛みにも注意深く考へるやうになった。そして時子の乳もすっかりはなしてしまったのだけれども、朝子はなんだか、だん/\やせて弱って行くやうな気がしてならなかった。
五月までは、胸にふくらんで大きかった両方の乳房が、すっかり肋骨《あばらぼね》にくっついてしまって、乳首が黒く小さくかたく、丁度花のしぼんだあとのやうになってるのを見ると、もうなんの誇る所もない、美しさもない、つかひつくした、老いはてた身体のやうに思ったりした。
けれども朝子は、お湯から上って着物をきると、疲れの為めではあるけれども、さほどこけてゐない頬に赤味がさすので、若い彼女には心地よさゝうに見えた。そして彼女自身の眼にも、さほど弱ってないやうに見えるのが嬉しかった。
朝子は、心地よさゝうな顔色をして家に帰ると、繁吉は、少しのひまでもといふやうにカンヴァスに向って描いてゐた。わづか少数の人にのみ知られてゐる画家の彼は、今年も晴れ/″\しい美術の秋の呼び声を、病院からつかれて帰って来るとすぐに、うす暗い彼の画室のなかで聞いたのであった。
狭い室内には、大きな二つの椅子と三つの画架、机、絵の具箱、カンヴァス、灰皿、大きな口のかけた壺のなかには、黒いダリヤが花弁《くわべん》をおとしてゐて、足のふみばもなかった。そして、そのごた/\したなかに、日廻りの花のあざやかな黄が、どことなく寂しく眼についた。
朝子が、
前へ
次へ
全9ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング