楯井さんのおかみさんは、楯井さんの側へ近よった。
三人とも少しも動かなかった。そして小屋の入口を見た。入口には実際殺された嫁さんの姿が、煙のようにしかし正しく立った、小屋の入口の代用として上からぶら下げてあるむしろ[#「むしろ」に傍点]を手で横にあけながら、青白くすきとおるような嫁さんの顔が、はっきりと皆の顔にうつった。幻影ではない。妄想ではない。慥かにあの嫁さんの姿である。
三人は驚くよりも、むしろ悲しかった。約一分間の後その姿は戸口に見えなかった。楯井さんは、急に黙って立上った。そして小屋の片隅に仏壇がわりに自分で吊った棚へ火をともした。棚は煙ですゝけて、やはりすゝけ切った位牌らしいものがのっていた。
楯井さんは、そこに火をともしたが、別に両手を合せもしないで、静かに戸口の方に行ったが、その右手には何か棒切のようなものを持っていた。
楯井さんは、入口のむしろ[#「むしろ」に傍点]を開いて外をのぞいた。しかし彼の眼には彼の心が感じたようなものはうつらなかった。楯井さんは二三歩ずつ進んだ。そしてあたりを見まわしながらまた二三歩歩いた。楯井さんは自分の手に棒切を握っているのに気付くと、自分で恥かしそうにそれを投げた。そしてまたあたりを見まわした。楯井さんは非常に不安でならなかった。自分が何かの因果をうけたように、心苦しくそして淋しかった。楯井さんは、自分の家も自分の存在も忘れたように、何かの不思議な心につゝまれた。彼れの心は闇の中を辿っているようであった。しかし楯井さんはまた歩き出した。そしてあの樹の株の所へ行った。彼は何かその樹の株が、不思議の元であるまいかと考えて、それを究めようと思った。
楯井さんは、樹の株の前の所まで行ったけれどもまた戻って来た。そしてあとへ引かえしながら、小屋の入口をみた。彼は今の不思議なものゝなにかのつながりを見たいように思った。そしてその不思議なものは、まだ必ず自分の小屋の近くをうろついているような気がした。そう考えると楯井さんは恐ろしいような気がしながら、便所小屋の前のせまい所をぬけて、小屋の裏の方からグルリと廻って、また入口の所へ来た。そして小屋へ入って行った。炉のそばには、楯井さんのおかみさんと慎造とが、不思議そうな顔をして楯井さんの入って来たのを見た。楯井さんは炉の前に来てぼんやりと、たった一言
『明日《あした》は、皆で
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