てが冷たくなつて、再び車内にならんで腰をおろした。おぼろのやうに動く人々が、彼等の前に立ちふさがつた。そして動き出した電車の周圍に、夕ぐれの紫の靄が、たち込めた。淡い電燈が人々の頭の上についた。
 二人は、初めて、かさなり合つた彼女の袂の下で、手を握り合つた。靜かに涙のあふれるやうな心持で、彼の冷たい手と、彼女の温かい手と、冷熱が入りみだれて、二つの手の存在が判然《はんぜん》としなくなつた時、二人は空につゞくかぎりない白い路と、灰色の野の上に太陽の光線の箭に條《すぢ》づけられた雲の色とを、繪でも見るやうに眺めた。二人の瞳の中には淡い涙の淡絹《※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]エル》がとぢこめてゐた。



底本:「青白き夢」新潮社
   1918(大正7)年3月15日発行
初出:「文章世界」
   1917(大正6)年8月号
入力:小林 徹
校正:松永正敏
2003年12月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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