《たが》う者が無い。治者の言、明察にして断なるが故に、その政が紊《みだ》れないからである。いまだ由を見ずしてことごとくその政を知った訳ではないかと。
十五
魯の哀公《あいこう》が西の方《かた》大野《たいや》に狩《かり》して麒麟《きりん》を獲《え》た頃、子路は一時衛から魯に帰っていた。その時|小※[#「朱+おおざと」、第3水準1−92−65]《しょうちゅ》の大夫・射《えき》という者が国に叛《そむ》き魯に来奔した。子路と一面識のあったこの男は、「季路をして我に要せしめば、吾|盟《ちか》うことなけん。」と言った。当時の慣《なら》いとして、他国に亡命した者は、その生命の保証をその国に盟ってもらってから始めて安んじて居つくことが出来るのだが、この小※[#「朱+おおざと」、第3水準1−92−65]の大夫は「子路さえその保証に立ってくれれば魯国の誓《ちかい》など要《い》らぬ」というのである。諾《だく》を宿するなし、という子路の信と直とは、それほど世に知られていたのだ。ところが、子路はこの頼をにべも無く[#「にべも無く」に傍点]断《ことわ》った。ある人が言う。千乗の国の盟をも信ぜずして
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