はないかと思われる位、あらゆる人間への鋭《するど》い心理的|洞察《どうさつ》がある。そういう一面から、また一方、極めて高く汚《けが》れないその理想主義に至るまでの幅《はば》の広さを考えると、子路はウーンと心の底から呻《うな》らずにはいられない。とにかく、この人はどこへ持って行っても大丈夫[#「大丈夫」に傍点]な人だ。潔癖《けっぺき》な倫理的《りんりてき》な見方からしても大丈夫《だいじょうぶ》だし、最も世俗的な意味から云《い》っても大丈夫だ。子路が今までに会った人間の偉《えら》さは、どれも皆《みな》その利用価値の中に在った。これこれの役に立つから偉いというに過ぎない。孔子の場合は全然違う。ただそこに孔子という人間が存在するというだけで充分《じゅうぶん》なのだ。少くとも子路には、そう思えた。彼はすっかり心酔《しんすい》してしまった。門に入っていまだ一月ならずして、もはや、この精神的支柱から離《はな》れ得ない自分を感じていた。
後年の孔子の長い放浪《ほうろう》の艱苦《かんく》を通じて、子路ほど欣然《きんぜん》として従った者は無い。それは、孔子の弟子たることによって仕官の途《みち》を求めよう
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