ん》して殺されたのは古の名臣|比干《ひかん》の諫死と変る所が無い。仁と称して良いであろうかと。孔子が答えた。いや、比干と紂王《ちゅうおう》との場合は血縁でもあり、また官から云っても少師であり、従って己の身を捨てて争諫し、殺された後に紂王の悔寤《かいご》するのを期待した訳だ。これは仁と謂うべきであろう。泄冶の霊公におけるは骨肉の親あるにも非ず、位も一大夫に過ぎぬ。君正しからず一国正しからずと知らば、潔く身を退くべきに、身の程をも計らず、区々たる一身をもって一国の淫婚《いんこん》を正そうとした。自ら無駄に生命を捐《す》てたものだ。仁どころの騒《さわ》ぎではないと。
 その弟子はそう言われて納得して引き下ったが、傍にいた子路にはどうしても頷《うなず》けない。早速、彼は口を出す。仁・不仁はしばらく措《お》く。しかしとにかく一身の危《あやう》きを忘れて一国の紊乱《びんらん》を正そうとした事の中には、智不智を超えた立派なものが在るのではなかろうか。空しく命を捐つなどと言い切れないものが。たとえ結果はどうあろうとも。
「由《ゆう》よ。汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼に付いて、それ以上は
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