た憎悪《ぞうお》を、あの老人に対して覚え始めた。午《ひる》近く、ようやく、遥《はる》か前方の真青《まっさお》な麦畠《むぎばたけ》の中の道に一団の人影が見えた。その中で特に際立って丈の高い孔子の姿を認め得た時、子路は突然《とつぜん》、何か胸を緊《し》め付けられるような苦しさを感じた。

     十二

 宋から陳に出る渡船の上で、子貢と宰予とが議論をしている。「十室の邑《ゆう》、必ず忠信|丘《きゅう》がごとき者あり。丘の学を好むに如《し》かざるなり。」という師の言葉を中心に、子貢は、この言葉にもかかわらず孔子の偉大《いだい》な完成はその先天的な素質の非凡《ひぼん》さに依《よ》るものだといい、宰予は、いや、後天的な自己完成への努力の方が与《あずか》って大きいのだと言う。宰予によれば、孔子の能力と弟子達の能力との差異は量的なものであって、決して質的なそれ[#「それ」に傍点]ではない。孔子の有《も》っているものは万人のもっているものだ。ただその一つ一つを孔子は絶えざる刻苦によって今の大きさにまで仕上げただけのことだと。子貢は、しかし、量的な差も絶大になると結局質的な差と変る所は無いという。そ
前へ 次へ
全63ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング