は鼬《いたち》のように噛みつく植物、牡蠣《かき》が岩にくっつくように、根で以て執拗《しつよう》に土と他の植物の根とに、からみ付いている。クイクイを片付けてから、野生のライムにかかる。棘《とげ》と、弾力ある吸盤とに、大分素手を傷められた。
十時半、ヴェランダから法螺貝《ブウ》が響く。昼食――冷肉・木犀果《アヴォガドオ・ペア》・ビスケット・赤葡萄酒《あかぶどうしゅ》。
食後、詩を纏《まと》めようとしたが、巧《うま》く行かぬ。銀笛《フラジオレット》を吹く。一時から又外へ出てヴァイトリンガ河岸への径《みち》を開きにかかる。斧を手に、独りで密林にはいって行く。頭上は、重なり合う巨木、巨木。其の葉の隙から時々白く、殆ど銀の斑点《はんてん》の如く光って見える空。地上にも所々倒れた巨木が道を拒んでいる。攀上《よじのぼ》り、垂下り、絡みつき、輪索《わな》を作る蔦葛《つたかずら》類の氾濫《はんらん》。総《ふさ》状に盛上る蘭類。毒々しい触手を伸ばした羊歯《しだ》類。巨大な白星海芋。汁気の多い稚木《わかぎ》の茎は、斧の一振でサクリと気持よく切れるが、しなやかな古枝は中々巧く切れない。
静かだ。私の振る斧の音以外には何も聞えない。豪華な此の緑の世界の、何という寂しさ! 白昼の大きな沈黙の、何という恐ろしさ!
突然遠くから或る鈍い物音と、続いて、短い・疳高《かんだか》い笑声とが聞えた。ゾッと悪寒が背を走った。はじめの物音は、何かの木魂《こだま》でもあろうか? 笑声は鳥の声? 此の辺の鳥は、妙に人間に似た叫をするのだ。日没時のヴァエア山は、子供の喚声に似た、鋭い鳥共の鳴声で充たされる。しかし、今の声は、それとも少し違っている。結局、音の正体は判らずじまいであった。
帰途、ふと一つの作品の構想が浮んだ。この密林を舞台としたメロドラマである。弾丸の様に其の思いつきが(又、その中の情景の一つが)私を貫いたのだ。巧く纏まるかどうか分らないが、とにかく私は此の思いつきを暫く頭の隅に暖めて置こう。※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]が卵をかえす時のように。
五時、夕食、ビーフシチウ・焼バナナ・パイナップル入クラレット。
食後ヘンリに英語を教える。というよりも、サモア語との交換教授だ。ヘンリが毎日毎日、此の憂鬱《ゆううつ》な夕方の勉学に、どうして堪えられるか、不思議でならぬ。(今日は英語だ
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