が冴えなかった。机に向って昨夜の続きを四五枚も書いた頃、私の筆は止った。行悩んで頬杖をついていた時、ひょいと、一人の惨めな男の生涯の幻影が頭の中を通り過ぎた。その男は、ひどい肺病やみで、気ばかり強く、鼻持ならない自惚《うぬぼれ》やで、気障《きざ》な見栄坊で、才能もないくせに一ぱしの芸術家を気取り、弱い身体を酷使しては、スタイルばかりで内容の無い駄作を書きまくり、実生活に於ては、其の子供っぽい気取のため事毎に人々の嘲笑を買い、家庭の中では年上の妻のために絶えず圧迫を受け、結局は、南海の果で、泣き度い程北方の故郷を思いながら、惨《みじ》めに死んで行く。
ちらりと一瞬、閃光《せんこう》のように斯《こ》うした男の一生の姿が浮かんだ。私ははっ[#「はっ」に傍点]とみぞおち[#「みぞおち」に傍点]を強く衝《つ》かれた思いがし、椅子の上にくずおれた。冷汗が出ていた。
暫くして私は回復した。之は何か身体の工合のせいだ。こんな莫迦《ばか》な考が浮ぶなんて。
しかし、自分の一生の評価の上に、ふと、さしたかげ[#「かげ」に傍点]は中々拭い去れそうもない。
Ne suis−je pas un faux accord
Dans la divine symphonie?
神のあやつる交響楽の中で
俺は調子の外れた弦ではないのか?
夜八時、すっかり元気になった。ウィア・オヴ・ハーミストンの今迄|書溜《かきた》めた分を読みかえす。悪くない。悪くないどころか!
今朝はどうかしていたんだ。俺が下らない文学者だと? 思想がうすっぺらだの、哲学が無いのと、言い度い奴は勝手に言うがいい。要するに、文学は技術だ。概念で以て俺を軽蔑《けいべつ》する奴も、実際に俺の作品を読んで見れば、文句なしに魅せられるに決ってるんだ。俺は俺の作品の愛読者だ。書いている時は、すっかり、厭《いや》な気持になり、こんなものの何処に価値があるか、と思える時でも、翌日読返して見れば、俺は必ず俺の作品の魅力にとらわれて了う。仕立屋が衣服を裁つ技術に自信を有《も》つように、俺は、ものを描く技術に自信を有っていいのだ。お前の書くものに、そんなに詰まらないものが出来る筈はないのだ。安心しろ! R・L・S・!
十一月××日
真の芸術は(仮令《たとえ》、ルソーのそれの如きものではなくとも、何等かの形で)自己告白で
前へ
次へ
全89ページ中80ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング