ことも事実だ。全く、世の中には、「自分にとって此の人生は、もう何度目かの経験だよ。最早自分は人生から学ぶべき何ものも無いよ。」といった顔をした老人が、実に沢山いる。一体、どんな老人が此の人生を二度目に生活しているというのだ? どんな高齢者だって、彼の今後の生活は、彼にとって初めての経験に違いないではないか。悟ったような顔をした老人共を、私は(私自身は所謂《いわゆる》年寄ではないが、年齢を、死との距離の短かさで計る計算法によれば、決して若くはあるまい。)軽蔑《けいべつ》し、嫌悪する。其の好奇心のない眼付を、殊には、「今の若い者は」といった式の、やにさがった[#「やにさがった」に傍点]ものの言い方を(単に此の遊星の上に生れ出ることが、たかだか二三十年早かったからというだけで、自分の意見への尊重を相手に強いようとする・あのものの言い方を)嫌悪する。Quod curiositate cognoverunt superbia amiserunt.「彼等驚きによりて認めたるものを、傲《おご》りによりて失いたりき」病苦が私に、さほど好奇心の磨滅を齎《もたら》さなかったことを、私は喜ぶ。
十一月×日
午後の日盛りに私は独りでアピア街道を歩いていた。道からちらちらと白い炎が立っていた。眩《まぶ》しかった。街道の果迄見渡しても人一人見えなかった。道の右側は、甘蔗畑《かんしょばたけ》が緑の緩やかな起伏を見せてずっと北迄続き、その果には、燃上る濃藍色《のうらんしょく》の太平洋が雲母末《うんもまつ》のような小皺《こじわ》を畳みながら、円く大きく膨れ上っていた。青焔《せいえん》に揺れる大海原が瑠璃色《るりいろ》の空と続くあたりは、金粉を交えた水蒸気にぼかされて白く霞んで見えた。道の左側には、巨大な羊歯《しだ》族の峡谷を距《へだ》てて、ぎらぎらした豊かな緑の氾濫《はんらん》の上に、タファ山の頂であろうか、突兀《とっこつ》たる菫色《すみれいろ》の稜線《りょうせん》が眩しい靄《もや》の中から覗いている。静かだった。甘蔗の葉摺《はずれ》の外、何も聞えなかった。私は自分の短い影を見ながら歩いていた。かなり長いこと、歩いた。ふと、妙なことが起った。私が、私に聞いたのだ。俺は誰だと。名前なんか符号に過ぎない。一体、お前は何者だ? この熱帯の白い道に痩《や》せ衰えた影を落して、とぼとぼと歩み行くお前は?
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