もの。金銭を以てしても刑罰を以てしても容易に彼等を誘うことの出来ない道路工事なのだ。
この一事で、私は、自分がサモアで少くとも何か或る一つの事を成したのだと、自惚《うぬぼ》れていいように思う。私は嬉しい。実際、子供のように嬉しいのだ。
十八
十月に入って、道路はほぼ完成した。サモア人としては驚くべき勤勉と、速度とであった。斯《こ》うした場合にありがちの、部落間の争いも殆ど起らなかった。
スティヴンスンは工事完成記念の宴を華やかに張りたいと思った。彼は、白人と土人とを問わず、島の主だった人々には残らず招待状を送った。所で、驚いたことに、宴の日が近づくにつれ、白人及び白人に親しい土人達の一部から彼が受取った返辞は、悉《ことごと》く断り状だった。子供の如く無邪気なスティヴンスンの喜びの宴を以て、彼等は皆、政治的な機会と見做《みな》し、つまり、彼が叛徒を糾合し、政府に対する新しい敵意を作上げようとしている、と考えたのである。彼と最も親しい数人からも、理由は書かずに、出席できない旨を言って来た。宴は殆ど土人ばかりが来ることになった。それでも、列席者は夥《おびただ》しい数に上った。
当日スティヴンスンはサモア語で感謝の演説をした。数日前、英文の原稿を或る牧師の所へやって、土語に翻訳して貰ったものである。
彼は先ず八人の酋長《しゅうちょう》達に厚く謝辞を述べ、次いで公衆に、此の美しい申出の為された事情と経過とを説明した。自分が初め此の申出を断ろうかと思ったこと。それは、此の国が貧しく饑餓《きが》に脅されており、又、現在、彼等酋長達の家や部落が、長い間の主人の不在のために、整理を必要としていることを、自分が良く知っているからだ、ということ。しかし結局之を受けたのは、此の工事の与える教訓が一千本のパンの木よりも有効だと思ったから、それに、かかる美しい好意を受けることが、何ものにも増して堪《たま》らなく嬉しかったからだ、ということ。
「酋長達よ。諸君が働いて下さるのを見ていて、私の心は温かくなる様な気がしました。それは感謝の念からばかりでなく、或る希望からでもあります。私は其処にサモアの為、良きものを齎《もたら》すであろう約束を読んだのです。即ち、私の申上げたいのは、外敵に対する勇敢な戦士としての諸君の時代は既に終ったということです。今や、サモアを守る途《みち》はた
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