確かな報道は入らず。流言のみ頻《しき》りなり。ラウペパ軍はマノノヘ向け進発したと。

七月十三日
 マターファがサヴァイイを追われ、マノノに戻った由、確報あり。

七月十七日
 最近|投錨《とうびょう》したカトゥーバ号のビックフォード艦長を訪う。彼は、マターファ鎮圧の命を受け、明朝払暁、マノノヘ向けて出航すると。マターファの為、艦長の能《あた》う限りの好意を約束して貰う。
 しかし、マターファはおめおめ[#「おめおめ」に傍点]と降伏するだろうか? 彼の一統は武装解除に甘んずるだろうか?
 マノノヘ激励の書信をやるすべもない。

   十三

 独・英・米三国に対する敗残の一マターファでは、帰趨《きすう》は余りに明かであった。マノノ島へ急航したビックフォード艦長は三時間の期限付で降服を促した。マターファは投降し、同時に、追撃して来たラウペパ軍のためにマノノは焼かれ掠奪《りゃくだつ》された。マターファは称号|剥奪《はくだつ》の上、遥かヤルート島へ流謫《るたく》され、彼の部下の酋長《しゅうちょう》十三人もそれぞれ他の島々に追放された。叛乱者側の村々への科料六千六百|磅《ポンド》。ムリヌウ監獄に投ぜられた大小酋長二十七人。之が凡《すべ》ての結果であった。
 躍気になったスティヴンスンの奔走も無駄になった。流竄者《りゅうざんしゃ》は家族の帯同を許されず、又、何人との文通をも禁ぜられた。彼等を訪ねることの出来るのは牧師だけである。スティヴンスンはマターファヘの書信と贈物とをカトリックの僧に託そうとしたが、拒絶された。マターファは凡ての親しい者、親しい土地と切離され、北方の低い珊瑚《さんご》島で、鹹気《しおけ》のある水を飲んでいる。(高山渓流に富むサモアの人間は鹹水に一番閉口する。)彼はどんな罪を犯したのか? サモアの古来の習慣に従って当然要求すべき王位を、遠慮して気永に待ち過ぎたという罪を犯しただけだ。そのため、敵に乗ぜられ、喧嘩《けんか》を売付けられ、叛逆者の名を宣せられたのである。最後迄忠実にアピア政府に税金を納めていたのは彼であった。首狩禁絶を主張する少数の白人の説を用いて、真先に之を部下に実行させたのは彼であった。彼は、白人をも含めた全サモア居住者の中で(とスティヴンスンは主張する。)最も嘘言《きょげん》を吐《つ》かぬ人間だ。しかも、斯《こ》うした男の不幸を救う為
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