隠そうともしない悟浄《ごじょう》は、こうした知的な妖怪《ばけもの》どもの間で、いい嬲《なぶ》りものになった。一人の聡明《そうめい》そうな怪物が、悟浄に向かい、真面目《まじめ》くさって言うた。「真理とはなんぞや?」そして渠《かれ》の返辞をも待たず、嘲笑《ちょうしょう》を口辺に浮かべて大胯《おおまた》に歩み去った。また、一人の妖怪――これは※[#「魚+台」、135−7]魚《ふぐ》の精だったが――は、悟浄の病を聞いて、わざわざ訪《たず》ねて来た。悟浄の病因が「死への恐怖」にあると察して、これを哂《わら》おうがためにやって来たのである。「生ある間は死なし。死|到《いた》れば、すでに我なし。また、何をか懼《おそ》れん。」というのがこの男の論法であった。悟浄はこの議論の正しさを素直に認めた。というのは、渠《かれ》自身けっして死を怖《おそ》れていたのではなかったし、渠の病因もそこにはなかったのだから。哂《わら》おうとしてやって来た※[#「魚+台」、135−12]魚の精は失望して帰って行った。

 妖怪《ばけもの》の世界にあっては、身体《からだ》と心とが、人間の世界におけるほどはっきりと分かれてはいな
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