て、さて、その昔の捲簾大将と今のこの俺とが同じものだといっていいのだろうか? 第一、俺は昔の天上界のことを何一つ記憶してはおらぬ。その記憶以前の捲簾大将と俺と、どこが同じなのだ。身体《からだ》が同じなのだろうか? それとも魂が、だろうか? ところで、いったい、魂とはなんだ? こうした疑問を渠《かれ》が洩《も》らすと、妖怪《ばけもの》どもは「また、始まった」といって嗤《わら》うのである。あるものは嘲弄《ちょうろう》するように、あるものは憐愍《れんびん》の面持ちをもって「病気なんだよ。悪い病気のせいなんだよ」と言うた。

 事実、渠《かれ》は病気だった。
 いつのころから、また、何が因《もと》でこんな病気になったか、悟浄《ごじょう》はそのどちらをも知らぬ。ただ、気がついたらそのときはもう、このような厭《いと》わしいものが、周囲に重々しく立罩《たちこ》めておった。渠は何をするのもいやになり、見るもの聞くものがすべて渠の気を沈ませ、何事につけても自分が厭《いと》わしく、自分に信用がおけぬようになってしもうた。何日も何日も洞穴《ほらあな》に籠《こも》って、食を摂《と》らず、ギョロリと眼ばかり光ら
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