浮かべて見上げている。私はふと何かしら侮辱を感じて急に手を緩《ゆる》めると、すぐに立上って彼から離れた。すると彼も続いて起き上り、黒いラシャ服の砂を払いながら、私の方は見ずに、騒ぎを聞いて駈付けて来た他の少年達に向って、きまり悪そうに目尻をゆがめて見せるのだ。私は却《かえ》って此方《こちら》が負けでもしたような間《ま》の悪さを覚えて、妙な気持で教室に帰って行った。
 それから二三日たって、その少年と私とは学校の帰りに同じ道を並んで歩いて行った。その時彼は自分の名前が趙大煥であることを私に告げた。名前をいわれた時、私は思わず聞き返した。朝鮮へ来たくせに、自分と同じ級に半島人がいるということは、全く考えてもいなかったし、それに又その少年の様子がどう見ても半島人とは思えなかったからだ。何度か聞き返して、彼の名がどうしても趙であることを知った時、私はくどくど[#「くどくど」に傍点]聞き返して悪いことをしたと思った。どうやらその頃私はませた少年だったらしい。私は相手に、自分が半島人だという意識を持たせないように――これは此の時ばかりではなく、その後一緒に遊ぶようになってからもずっと――努めて気を
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