翌ヌもがごろごろしており、そういう連中が多く蛸樹の葉の繊維で編物をやっているのである。M氏より十歩ばかり先へ歩いていた私は、或る家の縁の下に一人の痩《や》せた女が帯《バンド》を編んでいる所を見付けた。帯はなかなか出来上りそうもないが、傍には既に出来上ったバスケットが一つ置いてある。私は、案内役の島民少年にバスケットの値段を聞かせる。三円だという。もう少し安くならないかと言わせたが、なかなか承知しそうもない。そこへM氏が現れた。M氏も少年に値段を聞かせる。女はチラと私と見比べるようにして、M技師を――いや、M技師の帽子を、そのヘルメットを見上げる。「二円」と即座に女は答える。オヤッと私は思った。女はまだ自信の無いような態度で何かモゴモゴと口の中で言っている。少年に通訳させると、「二円だけれど、何なら一円五十銭でもいい」と言っているのだそうだ。私が呆気《あっけ》に取られている中に、M氏はさっさ[#「さっさ」に傍点]と一円五十銭でそのバスケットを買上げてしまう。
宿へ帰ってから、私はM氏の帽子を手に取って、しげしげと眺めた。相当に古い・既に形の崩れた・所々に汚点《しみ》の付いた・おまけに厭な匂のする・何の変哲も無いヘルメット帽である。しかし、私にはそれがアラディンのランプの如くに霊妙不可思議なものと思われた。
※[#ローマ数字3、1−13−23]
[#地から5字上げ]ポナペ
島が大きいせいか、大分涼しい。雨が頻《しき》りに来る。
綿《カポック》の木と椰子《ヤシ》との密林を行けば、地上に淡紅色の昼顔が点々として可憐だ。
J村の道を歩いていると、突然コンニチハという幼い声がする。見ると、道の右側の家の裏から、二人の大変小さい土民の児が――一人は男、一人は女だが、切って揃えたような背の丈だ。――挨拶をしているのだ。二人ともせいぜい四歳《よっつ》になったばかりかと思われる。大きな椰子の根上りした、その鬚《ひげ》だらけの根元に立っているので、余計に小さく見えるのであろう。思わず此方も笑ってしまって、コンニチハ、イイコダネというと、子供たちはもう一度コンニチハとゆっくり言って大変|叮嚀《ていねい》に頭を下げた。頭は下げるが、眼だけは大きく開けて、上目使いに此方を見ている。空色の愛くるしい大きな眼だ。白人の――恐らくは昔の捕鯨者らの――血の交っていることは明らかである。
総じてポナペには顔立の整った島民が多いようだ。他のカロリン人と違って、檳榔子《びんろうず》を噛む習慣が無く、シャカオと称する一種の酒の如きものを嗜《たしな》む。これはポリネシヤのカヴァと同種のものらしいから、あるいは、此処《ここ》の島民にはポリネシヤ人の血でも多少はいっているのかも知れぬ。
椰子の根元に立った二人の幼児は、島民らしくない小綺麗《こぎれい》な服を着ている。彼らと話を始めようとしたのだが、生憎《あいにく》、コンニチハの外、何にも日本語を知らないのである。島民語だって、まだ怪しいものだ。二人ともニコニコしながら何度もコンニチハと言って頭を下げるだけだ。
その中に、家の中から若い女が出て来て挨拶した。子供らに似ている所から見れば、母親だろう。余り達者でない・公学校式の角張った日本語で、ウチヘハイッテ、休ンデクダサイと言う。ちょうど咽喉《のど》が涸《かわ》いていたので、椰子水でも貰おうかと、豚の逃亡を防ぐための柵を乗越して裏から家の庭にはいった。
恐ろしく動物の沢山いる家だ。犬が十頭近く、豚もそれ位、その外、猫だの山羊だの鶏だの家鴨《あひる》だのが、ゴチャゴチャしている。相当に富裕なのであろう。家は汚いが、かなり広い。家の裏からすぐ海に向って、大きな独木舟《カヌー》がしまってあり、その周囲に雑然と鍋・釜・トランク・鏡・椰子殻・貝殻などが散らかっている。その間を、猫と犬と鶏とが(山羊と豚だけは上って来ないが)床の上まで踏み込んで来て、走り、叫び、吠え、漁り、あるいは寝ころがっている。大変な乱雑さである。
椰子水と石焼の麺麭《パン》の実を運んで来た。椰子水を飲んでから、殻を割って中のコプラを喰べていると、犬が寄って来てねだる[#「ねだる」に傍点]。コプラがひどく好きらしい。麺麭の実は幾ら与えても見向きもしない。犬ばかりでなく、鶏どももコプラは好物のようである。その若い女のたどたどしい日本語の説明を聞くと、この家の動物どもの中で一番威張っているのはやはり犬だそうだ。犬がいない時は豚が威張り、その次は山羊だという。バナナも出してくれたが、熟し過ぎていて、餡《あんこ》を嘗《な》めているような気がした。ラカタンとてこの島のバナナの中では最上種の由。
独木舟《カヌー》の置いてある室の奥に、一段|床《ゆか》を高くした部屋があり、其処《そこ》に家族らが
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