、の死絶えた後《あと》の此の島を思ひ畫いたやうに、今、私は、人類の絶えて了つたあとの・誰も見る者も無い・暗い天體の整然たる運轉を――ピタゴラスの云ふ・巨大な音響を發しつつ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]轉する無數の球體共の樣子を想像して見た。
 何か、荒々しい悲しみに似たものが、ふつと、心の底から湧上つて來るやうであつた。
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  夾竹桃の家の女

 午後。風がすつかり呼吸を停めた。
 薄く空一面を蔽うた雲の下で、空氣は水分に飽和して重く淀んでゐる。暑い。全く、どう逃れようもなく暑い。
 蒸風呂にはひり過ぎた樣なけだるさ[#「けだるさ」に傍点]に、一歩一歩重い足を引摺るやうにして、私は歩いて行く。足が重いのは、一週間ばかり寢付いたデング熱がまだ治り切らないせゐでもある。疲れる。呼吸《いき》が詰まるやうだ。
 眩暈を感じて足をとゞめる。道傍のウカル樹の幹に手を突いて身體を支へ、目を閉ぢた。デングの四十度の熱に浮かされた時の・數日前の幻覺が、再び瞼の裏に現れさうな氣がする。其の時と同じ樣に、目を閉ぢた闇の中を眩い光を放つ灼熱の白金の渦卷がぐるぐると※[#「廴+囘」、
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