である。其の若い女のたど/\しい日本語の説明を聞くと、此の家の動物共の中で一番威張つてゐるのは矢張犬ださうだ。犬がゐない時は豚が威張り、その次は山羊だといふ。バナナも出して呉れたが、熟し過ぎてゐて、餡《あんこ》を嘗めてゐるやうな氣がした。ラカタンとて此の島のバナナの中では最上種の由。
 獨木舟《カヌー》の置いてある室の奧に、一段|床《ゆか》を高くした部屋があり、其處に家族等が蹲《うづくま》つたり、寢そべつたりしてゐるらしい。明り取りが無くて薄暗いので、隅の方は良く判らないが、此方から見る正面には、一人の老婆が傲然と――誠に女王の如く傲然と踞坐して煙草を吸つてゐる。さうして、外からの侵入者に警戒するやうな・幾分敵意を含んだ目で、私の方を凝乎《じつ》と見てゐる樣子である。あれは誰だと、若い女に聞けば、ワタシノダンナサン[#「ダンナサン」に傍点]ノオ母サンと答へた。威張つてゐるね、と言ふと、一番エライカラと言ふ。
 其の薄暗い奧から、十歳ばかりの痩せた女の子が、時々獨木舟の向ふ側迄出て來ては、口をポカンとあけて此方を覗く。此の家の者は皆きちん[#「きちん」に傍点]とした服裝《なり》をしてゐる
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