均合な弱々しさを呈するに過ぎない。此の街にあるものは、唯、如何にも植民地の場末と云つた感じの・頽廢した・それでゐて、妙に虚勢を張つた所の目立つ・貧しさばかりである。とにかく、マリヤンは斯うした環境にゐるために、自分の顏のカナカ的な豐かさを餘り欣んでゐないやうに見えた。豐かといへば、しかし、容貌よりも寧ろ、彼女の體格の方が一層豐かに違ひない。身長は五尺四寸を下るまいし、體重は少し痩せた時に二十貫といつてゐた位である。全く、羨ましい位見事な身體であつた。
私が初めてマリヤンを見たのは、土俗學者H氏の部屋に於てであつた。夜、狹い獨身官舍の一室で、疊の代りにうすべり[#「うすべり」に傍点]を敷いた上に坐つてH氏と話をしてゐると、窓の外で急にピピーと口笛の音が聞え、窓を細目にあけた隙間から(H氏は南洋に十餘年住んでゐる中に、すつかり暑さを感じなくなつて了ひ、朝晩は寒くて窓をしめずにはゐられないのである。)若い女の聲が「はひつてもいい?」と聞いた。オヤ、この土俗學者先生、中々油斷がならないな、と驚いてゐる中に、扉をあけてはひつて來たのが、内地人ではなく、堂々たる體躯の島民女だつたので、もう一度私
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