qに凭つて(我々二人だけが一等船客だつたので何時も一緒にゐない譯に行かないのである)島の方を見てゐた。其の時、我々の傍に立つてゐた例の島民巡警が「アレ!」と頓驚な聲を出して、我々の背後を指《ゆび》さした。直ぐ其の方向に振向いた時、私は、今しも白塗の欄干《てすり》を越えて海の上へと躍つた島民少年の後姿を見た。慌てて我々は欄干の所へ駈け寄つた。既に脱走者は船から七八間離れた渦の中を船尾を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて鮮やかに島の方へと泳いでゐた。
「停めろ! 船を停めろ!」と警官が喚いた。「ナポレオンが逃げたぞ。」
忽ち船の上はごつた返し[#「ごつた返し」に傍点]の騷ぎとなつた。船尾にゐた二人の島民水夫が其の場から海に跳び込んで脱走者の後を追うた。二人とも二十歳を越えたばかりと思はれる逞しい青年だ。脱走者と追跡者との距離は見る/\縮まつて行くやうに見えた。濱邊で船を見送つてゐた島の連中も漸く氣が付いたらしく、ナポレオンの泳ぎ着かうとする方角に向つて、白い砂の上をバラ/\と駈けて行く。
思ひがけない活劇に、私は欄干《てすり》に凭つてかたづ[#「かたづ」に傍点]を呑んだ。之
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