Vュに似た黒い派手な竪縞《たてじま》のある魚と、さより[#「さより」に傍点]の樣な飴色の細《ほそ》い魚とが盛んに泳いでゐるのを見下してゐる中に、眠くなつて來た。先刻警官の睡つた寢椅子に横になると、直ぐに寢て了つた。
タラップを上つて來る足音と人聲とに目を醒ますと、もう警官と巡警とが歸つて來てゐた。傍に、褌一つの島民少年を連れてゐる。
「あゝ、これですか。ナポレオンは。」
「ハア」と頷くと、警官は少年を、甲板の隅の索具等の積んである邊へ向けて突き飛ばした。「その邊へしやがんどれ。」
警官の背後《うしろ》から巡警が(二十歳《はたち》になつたかならない位の、愚鈍さうな若者だ)何か短く少年に言つた。警官の言葉を通譯したのであらう。少年は不貞腐れたやうな一瞥を我々に投げてから、其處にあつた木箱に腰を下し、海の方を向いて了つた。
島民としては甚だ眼が小さいが、ナポレオン少年の顏は別に醜いといふ譯ではない。さうかと云つて(大抵の邪惡な顏には何處か狡い賢さがあるものだが)惡賢いといふ柄でもない。賢さなどといふものは全然見られぬ・愚鈍極まる顏でありながら、普通の島民の顏に見られる・あのとぼけた[#「とぼけた」に傍点]をかしさがまるで[#「まるで」に傍点]無い。意味も目的も無い・まじりけの無い惡意だけがハツキリ其の愚かしい顏に現れてゐる。先程警官から聞かされた此の少年のコロールでの殘忍な行爲も、成程この顏ならやりさうだと思はれた。たゞ、豫期に反したのは、其の體躯の小さいことである。島民は概して二十歳前に成長し切つて了ふので、十五六にもなれば、實に見事な體格をしてゐる者が多い。殊に性的な犯行をする程早熟な少年ならば、屹度體躯もそれに伴つて充分發達してゐるだらうと思つたのに、これは又、痩せてひねこびた[#「ひねこびた」に傍点]猿のやうな少年である。斯んな身體の少年が、どうして(未だに家柄の次には腕力が最ももの[#「もの」に傍点]を言ふ筈の)島民の間で衆人を懼れさせることが出來るか、誠に不可思議に思はれた。
「御苦勞樣でしたな」と私は警官に向つて言つた。
「イヤ。船が珍しいもんだから、野郎、村の者と一緒に濱へ出とつたんで、直ぐつかまへましたよ。しかし、あの男が(と巡警を指して)言ふにはですな、困つたことに」と警官が言つた。「ナポレオンの野郎、今ではパラオ語をすつかり忘れて了つとるんで
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