ツた銀竹[#「銀竹」に傍点]といふ言葉を爽かに思ひ浮かべてゐた。

 雨が霽《あが》つてから暫くして表へ出て見たら、まだ濡れてゐる敷石路を、向ふから先刻の夾竹桃の家の女が歩いて來た。家に寢かし付けて來たのか、赤ん坊は抱いてゐない。私と擦れ違つたが、視線を向けもしなかつた。怒つてゐる顏付ではなく、全然私を認めないやうな、澄ました無表情な顏であつた。
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  ナポレオン

「ナポレオンを召捕りに行くのですよ」と若い警官が私に言つた。パラオ南方離島通ひの小汽船、國光丸の甲板の上である。
「ナポレオン?」
「ええ、ナポレオンですよ」と若い警察官は私の驚きを期待してゐたやうに笑ひながら言つた。「ナポレオンといつても、島民ですがね。島民の子供の名前です。」
 島民には隨分變つた名前が色々とある。昔は基督教の宣教師に命名して貰ふことが多かつたので、マリヤとかフランシスなどといふのが多く、又、以前獨逸領だつた關係からビスマルクなどといふのも時にあつたが、ナポレオンは珍しい。しかし、私の知つてゐる他の島民の名前、シチガツ(七月に生れたのであらう)、ココロ(心?)、ハミガキ等に比べれば、何といつても堂々たる名前には違ひない。もつとも、その餘り堂々とし過ぎてゐる點が可笑しいのには違ひないが。
 甲板に張られたカン※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]スの日覆の下で、私は色の黒い不良少年、ナポレオンの話を聞いた。
 ナポレオンは二年前迄コロールの街にゐたのだが、公學校三年生の時、年下の女の兒にひどく惡性の嗜虐症的な惡戲をして、其の兒を殆ど死に瀕せしめたといふ。其の他之に類する事件を二つ三つ引起し、更に竊盜なども働いたらしく、一昨年十三歳の時に、未成年者への罰として、コロールから遙か離れた南方のS島へ流されたのである。名目上はパラオ諸島に屬してゐるものの、之等南方離島は地質的にも全然別の島だし、住民もずつと東方の中央カロリン系のものなので、言語習慣もパラオとはまるで[#「まるで」に傍点]變つてゐる。流石の惡少年ナポレオンも最初は大分閉口したらしいが、環境に適應する(といふより之を克服する)不思議な才能を備へてゐると見え、半年も經たぬ間に、S島でももてあます跳梁ぶりを示し始めた。島の少年共を脅迫したり、娘や人妻に怪しからぬ振舞をして困るからとの陳情が、島の村長から大分前にパラオ支
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