山の秀《ほ》の鋭どき目かもコンドルの目は
ジャングルに生ふる羊齒草《しだくさ》えびかづら[#「えびかづら」に傍点]間なくし豹はたちもとほるを
短か手《で》を布留《ふる》の神杉《かんすぎ》カンガルー春きたれりと人招くがに
春の陽に汝《な》が短か手を千早ぶるカンガルーは耳を掻かんとするか
去年《こぞ》見しと同じき隅《すみ》に石亀は向ふむきたり埃《(ほこり)》を浴びて
山椒魚
山椒魚は山椒魚らしき顏をして水につかりゐるたゞ何となく
鶴
あさりする丹頂の前にしまらくは目守《まも》りたりけり心|清《すが》しく
水浅く端然と立つ鶴痩せて口紅《くちべに》ほどのとさか[#「とさか」に傍点]の紅《あか》や
火喰鳥
火くひ鳥火のみか石も木も砂も泥も食はんず面《つら》構へかも
ホロホロ鳥
ホロホロとホロホロ鳥が鳴くといふ霜降色の胸ふくらせて
駝鳥
障碍《ハードル》も容易《やす》く越ゆべし汝が脚の逞しくして長きを見れば
何處《(どこ)》やらの骨董《(こっとう)》店《てん》の店《みせ》さきで見たることあり此奴《こやつ》の顏を
何《なに》故の長き首ぞも中ほどをギユウと掴めばギヤアと鳴くらむ
大蛇
うね/\とくねりからめる錦蛇|一匹《ひとつ》にかあらむ二匹《ふたつ》にかあらむ
大青|蜥蜴《とかげ》
口あけば大青蜥蜴舌ほそく閃《せん》々として青※[#「火+稻のつくり」、第4水準2−79−88]《せいえん》奔《はし》る
再び 山椒魚について
山椒魚は山椒魚としかなしみをもてるが如しよくよく見れば
麒麟《(きりん)》の歌
黒と黄の縞のネクタイ鮮やけき洒落者《みやびをとこ》と見しは僻目《ひがめ》か
春の夜のシャンゼリゼェをマダム連れムッシュ・ヂラフがそゞろ歩むも
社交界の噂なるらむ麒麟氏が妻をかへりみ何かいふらしき
山高《ダービイ》も持たせまほしき男ぶり麒麟しづ/\と歩みたりけり
泥濘《ぬかるみ》を避《よ》けて道行く禮裝の紳士とやいはむ麒麟の歩み
隙もなき伊達男《ダンデイ》ぶりやワイシャツの汚れもさぞや気にかかりなむ
ハイエナ(鬣狗)
死にし子の死亡屆を書かせける代書屋に似たりハイエナの顏は
カンガルウ
力無きばつた[#「ばつた」に傍点]の如《ごと》も春の陽《ひ》に跳び跳びてをりカンガルー二つ
柵内《さくうち》の砂《すな》乾きゐて春風《しゆんぷう》にカンガルー跳《と》ぶ跳躍《とび》のさぶしも
熊
立上り禮《ゐや》する熊が月の輪の白きを賞《め》でて芋を與へし
熊立てば咽喉の月の輪白たへの蝶ネクタイとわが見つるかも
象の歌
年老いし灰色の象の前に立ちてものうきまゝに寂しくなりぬ
象の足に太き鎖見つ春の日に心重きはわれのみならず
心はれぬ様《さま》に煎餅を拾ひゐる象はジャングルを忘れかねつや
× ×
子供一人菓子も投げねば長き鼻をダラリブラリと象|徘徊《たもと》ほる
花曇る四月の晝を象の鼻ブラリ/\と搖れてゐたりけり
徘徊《たもと》ほる象の細目《ほそめ》の賢《さか》し眼《め》に諦觀《あきらめ》の色ものうげに見ゆ
この象は老いてあるらし腹よごれ鼻も節立《ふしだ》ち牙は切られたり
象の顎に白く見ゆる毛|剛《こは》げにて口には涎《よだれ》湛《たゝ》へたるらし
鰐魚《わに》の歌
さきつ年アフリカゆ來し鰐怒り餌《ゑ》を食はずして死ににけりとぞ
故《ゆゑ》もなく處移されて知らぬ人の與ふる食を拒みけむかも
飢ゑ死《し》にし鰐の怒りを我思ふわれの憤《いか》りに似ずとはいはじ
蝙蝠《(こうもり)》
小笠原の大蝙蝠は終日《ひねもす》を簑蟲のごとぶら下りたり
晝を寢《ぬ》る倒《さか》さ蝙蝠よく見れば狡《ずる》げなる目をあいてゐにけり
手の骨の細く不気味《けうと》き蝙蝠はひねこび顏に何をたくらむ
穴熊
うつし世をはかなむかあはれ穴熊は檻《をり》の奧|處《ど》にべそをかきゐる
穴熊の鼻の黒きに中學の文法の師を思ひいでつも
穴熊の鼻の黒きが気になりぬ家に歸りて未《いま》だ忘れず
雉
春の陽を豊かに浴びてさ野《ぬ》つ鳥|雉子《きぎし》は專《もは》ら砂浴びてゐる
家つ鳥|鷄《かけ》の匂を思ひけり野つ鳥|雉《きじ》の小舍の前にして
梟《(ふくろう)》
何處《いづこ》にか汝《な》が古頭巾忘れ來し物足らぬ気《げ》ぞ汝《なれ》の頭の
大きなるおどけ眼《まなこ》も陽《ひ》の中に見えぬと思《も》へば哀れなりけり
猪
藁屑と泥にまみれてぼやきつゝ猪《ゐのしゝ》の口うごめきあさる
カメレオン
日に八度《やたび》色を変ふとふ熱帶の機會主義者《オッポチュニスト》(青き魔術師)カメレオンぞこれ
蠅來ればさと繰出
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