マント狒の尻の赤さに乙女子は見ぬふり[#「ふり」に傍点]をして去《い》ににけるかも

   白熊

仰《あふ》向けに手足ひろげて白熊の浮かぶを見ればのどかなりけり
白熊の白きを見ればアムンゼン往《ゆ》きて還《かへ》らぬむかし思ほゆ

   眠り獅子の歌

何時《いつ》見ても眠るよりほかにすべもなきライオンの身を憐れみにけり
埒《らち》もなき状《ざま》にあらずや百獸の王の日向に眠れる見れば
うと/\と眠れる獅子の足裏《あなうら》に觸れて見たしとふと思ひけり
海越えてエチオピアより來しといふこのライオンも眠りたりけり
うつゝなき夫《せ》の鼻先に尻を向けこれも眠れり牝《めす》のライオン
汝《な》が國の皇帝《みかど》もすでに蒙塵《もうぢん》と知らでやもは[#「もは」に「(專)」の注記]ら獅子眠りゐる

   仔獅子

獅子の仔も犬の仔のごと母親にふざけかゝるところがされけり
肉も未《ま》だ締らぬ仔獅子首かしげ相手ほしげに我が顏を見る
親獅子は眠りたりけり春の陽《ひ》に屈託げなる仔獅子の顏や

   駱駝《(らくだ)》

生きものの負はでかなはぬ苦惱《くるしみ》の象徴かもよ駱駝の瘤は
やさし目の駱駝は口に泡ためて首差しのべぬ柵の上より

   孔雀の歌

よく見れば孔雀の眼《まなこ》切れ上り猛鳥《まうてう》の相《さう》あり/\と見ゆ
印度《(インド)》なる葉廣《はびろ》菩提樹の蔭にしてひろげ誇らむこの孔雀《とり》の羽尾《はね》
いと憎き矜恃《ほこり》なりけり孔雀はも餌を拾ふにも尾をいたはりつ
六宮《リクキウ》の粉黛《ふんたい》も色を失はむ孔雀一たび羽尾《はね》ひろげなば

   縞馬

縞馬の縞鮮かにラグビイのユニフォームなど思ほゆるかも

   ペリカンの歌

ペリカンは水の浅處《あさど》に凝然と置物のごと立ちてゐるかも
浴《ゆあみ》して櫛梳《くしけづ》りけむペリカンの濡れたる翼《はね》の桃色細毛《ももいろほそげ》
舶來の石鹸の香《か》も匂ひなむうす桃色のペリカンの羽毛《はね》
ペリカンの圓《つぶ》ら赤目を我見るにつひに動かず義眼《いれめ》の如し
長嘴《ながはし》の下の[#「下の」に「黄なる」の注記]弛《たる》みも凋《しぼ》みたりふくらむものと我は待ちしに

   禿鷲

プロメトイス苛《さいな》みにけむ禿鷲も今日は寒げに肩を張りゐる
アンデスの巖根《いはね》嶮《こゞ》しき
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