ない時の状態みたいになつて、とかく他人《ひと》との間に摩擦を起すやうだ。
一時間ばかり彼の話を聞いてから、餘り愉快ではない氣持になつて、蠅の詰まつたマッチ箱を持つて歸る。
夜、外へ出て何氣なく東の空を仰いだ時、私は思はず「アヽ」と聲を出した。裸になつた榎の大樹の枝々を透して、春以來、半年ぶりでオリオンの昇つて來るのを見付けたからである。青い小さな蜜柑が出始めると、三つ星さまが見え出すんだよ、と幼い頃祖母によく言はれたことが記憶に甦つた。オリオンの上には馭者座《カペラ》だの、紅いアルデバランだの、玻璃器に凍りついた水滴のやうなすばる[#「すばる」に傍点]だのが、はつきりと姿を見せてゐる。恆星達ばかりではない。南の空に高く、左から順にほゞ同じ位の間隔をおいて竝んでゐるのは、土星《ザトウルン》と木星《ユウピテル》と火星《マルス》とであらう。殊に木星の白い輝きの明るさは、燦々と、まことに四邊《あたり》を拂ふばかりである。
かなり冷えるけれども、風の無い靜かな晩であつた。三つの惑星を見上げながら、私は、「|詩と眞實《デイヒトゥング・ウント・ワアルハイト》」の冒頭を思ひ出してゐた。其處には
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