會、校友會雜誌の編輯、その他何でも彼が一人で片附けてしまふ。抽象とは彼にとつて無意味と同義である。今年の正月のこと、何處かの級のクラス會で、生徒が三四人、蜜柑や煎餅を買出しに行つた。學校の前は山手から降りて來る坂になつてゐるのだが、その坂の中途迄、風呂敷包をぶら下げた買出し係の生徒等が上つて來た時、一人の持つてゐた風呂敷が解けて、中から蜜柑がこぼれた。二つ、三つ、四つ……七つ、八つ、かなり急な坂とて、鮮かな色をした蜜柑が續々ところがり出した。その生徒は思はぬ失策にひどく顏を赭らめ、風呂敷を結び直すのがやつとで、轉がる蜜柑を追ひかけるどころではなかつた。學校以外の人々の往來も相當にあるので、一寸羞づかしかつたのであらう。丁度其の時坂の上に立つてゐた吉田は、之を見るや猛烈な勢で駈下り始めた。小石を蹴とばし、砂利で滑りさうになり、つんのめりさうになり、途中に立つ生徒を突き飛ばして、短躯の彼は背中を丸くして蜜柑を追ひかけた。一度轉んだが直ぐ起上り、砂も拂はずに又駈け出し、到頭十五六の蜜柑を悉く拾ひ上げ、坂の片側の溝に轉げ落ちることを防いだのである。生徒等も通行人達も呆氣にとられて立止り、彼の猛烈な勢に見とれてゐた。吉田は蜜柑を手に持ちポケットにも入れ、「みんなボヤーツと見とつちや駄目やないか」と生徒等に叱言《こごと》を言ひながら、又登つて來た。彼の顏が赧くなつてゐたのは、單に走つたからなのであつて、決して、彼がてれて[#「てれて」に傍点]ゐたためではない。正に、この男こそ、私の、以て模範とすべき人物だと其の時、私はしみ/″\思つた。此の男は何時も、人間は――或ひは、生物は――斯く生くべし、と、私に教へて呉れるのだ。高等小學生的人物と彼を評した者がゐる。小學校の高等科の生徒といふものは中學生のやうな小生意氣さが無く、實に良く働いて、中學生などよりどれ程役に立つか判らないといふのである。影の薄い大學生よりも、溌剌たる高等小學生の方が遙かに立派だと、私も思ふ。
 話をしながら、吉田は、内ポケットから一枚の紙を取出して私の前に擴げた。私がそれを見せられるのは今日で二度目である。それは此の學校の全職員の俸給表で(私立學校で、職員録に明示されない)彼が何處からか聞き出して丹念に書竝べたものだ。なほ、前年度のボーナスの推定額迄、書入れてある。彼はかういふ事を探り出すことが實に上手で、又そ
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