これより先《さ》き小厠《こづかい》を一|人《にん》使用するの必要は無論感ずる所なりしといえども、強《しい》てこれを伴《ともな》わんとすれば、非常に高き賃金を要し、また偶《たまた》ま自ら進んで、越年を倶《とも》にせんことを言い出《い》でたる者なきに非《あら》ずといえども、これらは平素単に強壮と称するのみにして、衛生上何の心懸《こころが》けもなく、終日原野に出《い》でて労働に慣れし身を以て、俄《にわ》かに山巓《さんてん》の観測所に閉居するに至らば、あるいは予よりも先《さ》きに倒るることなきを保《ほ》せず、殊《こと》に幾分測器の取扱《とりあつかい》位は、心得あるを要するがゆえに、遂《つい》にこれを伴わざるに決したり。
 然《しか》るに荷物の整理いまだその緒《ちょ》に就《つ》かざるを以て、観測所の傍《かたわ》らの狭屋《きょうおく》に立場もなきほど散乱したる荷物を解き、整理を急ぐといえども、炊事《すいじ》を為《な》す暇だになければ、気象学会より寄贈せられたる鑵詰を噬《かじ》りて飢《うえ》を凌《しの》ぎ、また寒気次第に凜冽《りんれつ》を加うるといえども、器具散乱して寝具を伸ぶべき余地なく、かつ隔時
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