のどくなのはクレルヴァルで、どんな思いがしたことやら。あれほど喜んで待っていた会合が、へんなぐあいに、こういうひどいことになったのだ。といって、その悲しみを、私はこの眼で見たわけではない。というのは、私は死んだも同然になって、長いあいだ正気にかえらなかったからだ。
 これが神経的熱病の始まりで、それから数箇月も私は寝込んでしまった。そのあいだ、ずっと、アンリがひとりで介抱してくれた。あとになって知ったことだが、私の父が年とっていて長途の旅に適さないことや、私が病気だと聞いてエリザベートがどんなにかみじめな思いをすることを考え、病気がこれほどだということを、隠して悲しませないようにしておいたのだ。アンリは、自分ほど親切で気のつく看護者がありえないことを知っていて、恢復するみこみのあることを固く信じ、国もとの人たちのためにもこういう親切を尽したわけだ。
 しかし、実際には、私の病気は重くて、この友だちの根気の要る限りもない心尽しがなければ、とうの昔に死んでいたことはたしかだ。自分が存在を与えた怪物の姿がいつも眼の前にあるので、私はひっきりなしにそいつのことでうわごとを言った。疑いもなく、私のことばはアンリを驚かした。初めのうちは、私の想像力が乱れたためにうわごとを言うのだと思いこんでいたが、同じことをしつこくくりかえしつづけるので、私の病気は実際に何か異常な怖るべき出来事から起きたものだと考えるようになった。
 きわめて遅々として、ときどきぶりかえしては友だちを驚かせ悩ませながら、私は恢復していった。外部の物を見てはじめて喜びのようなものが感じられるにいたった時のことをおぼえているが、それは、落葉が見えなくなって、窓に翳さす木々から若芽が出てくるのに気がついたのだった。たとえようもなくすばらしい春で、この季節が私の恢複に大いにやくだってくれた。私はまた、喜びと驚愕が胸中に蘇ってくるのを感じたが、こうして私の沈欝さが消え去り、またたくまに、あの致命的な情熱に取り憑かれる前と同じように快活になった。
 私は叫んだ。「ありがとうクレルヴァル、ずいぶん親切に、よくしてくれたね。この冬じゅう、君は、予定したように勉強して過ごすかわりに、僕の病室でその時間をつぶしてしまったんだね。どうしたらその償いができるだろう。僕のためにがっかりさせてほんとに申しわけもないが、かんべんしてくれたまえ。」
「君がくよくよしないで、できるだけ早くよくなってくれれば、それですっかり償いがつくというものさ。ところで、そんなに元気になったようだから、君に一つ話したいことがあるのだが。」
 私は慄えた。一つ話したいことだって! それはなんだろう。私があえて考えもしないでいることを言いだすつもりだろうか。
「おちつきたまえ。」私の顔の色の変るのを見てクレルヴァルが言った。「君が興奮するようだったら、言わないことにしよう。しかし、君のお父さんや従妹が、もし君が自分で書いた手紙を手にしたら、ずいぶん喜ばれるのだろうがね。君の病気がどういうふうか、知ってはおられないのだし、それに君の便りが久しくないので案じていらっしゃるのだ。」
「話というのはそれだけなの、アンリ? 僕はまずまっさきに、僕の愛する、そしてその愛情に応えてくれる、なつかしい人たちに思いを馳せているのに、それが君にはわからなかったのだね。」
「君がそういう気もちでいるのだったら、ね、四、五日もここにある君あての手紙を見たら、たぶん喜ぶだろうよ。君の従妹からだよ、それはきっと。」


     6 故郷からの便り


 クレルヴァルはそこで、つぎの手紙を私に手渡した。それは私のエリザベートから来たものであった。――
「なつかしいヴィクトル――かげんがずいぶんおわるかったのですね。親切なアンリからはしじゅうお手紙をいただきますが、それでもどんなふうなのか安心しきれないのです。あなたは書くこと――ペンを取ることを、禁止されていらっしゃいますのね。だけど、ねえヴィクトル、私たちの不安をなだめるために、あなたの手で一筆書いてよこしてくださいませんか。長いこと私は、今度の便こそそれが来るだろうと考えて、伯父さまがインゴルシュタットへおいでになることをやっきとなってお留めしました。そんな長い旅で不自由なさったり、またひょっとすると危険な目にお会いになったりなさると困りますからね。それでも、自分で出かけて行けないのを何度悲しんだことでしょう! 病床に附き添う仕事は、金だけで働く老看護婦に任せてあることと想像しますが、その人は痒いところに手がとどかず、たとい気がつきはしても、あなたのいとこのような気づかいや愛情をもってそれをしてあげはしないでしょう。もっとも、それももう、過ぎ去ったことですね。クレルヴァルから、あなたがほんとうによ
前へ 次へ
全99ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング