あり、葡萄も劣らずたわわに実ったが、私の眼は自然の魅力には感じなくなっていた。身のまわりの光景を見すごしたと同じ感情で、私は、遠く離れていて久しく会わぬ友だちも忘れていた。私から音信がないので皆が心配していることはわかっていたし、父のことはもよくおぼえていた。「おまえが自分で楽しんでいるあいだは、わたしらのことを愛情をもって考え、ちゃんと便りをよこすだろう、ということは知っている。おまえからの便りがとぎれたら、それは、おまえがほかの義務も同様に怠っている証拠だと見てもいいだろうね。」
だから、父の気もちがどんなふうかは、よく知っていた。けれども、それ自体としては胸がわるくなりはするが、私の想像力を捉えて離さない自分の仕事から考えを引き離すことはできなかった。いわば、私の愛情に関する一切のことを、私のあらゆる性癖を呑み尽してしまった大目的が完成するまでは、先に延ばしたかったのだ。
そこで、父が、私のこぶさたを私の悪徳やあやまちのせいにしたとすれば、それは当っていないと考えましたが、私がまるきり責任をもたなくていいように思っていると考えたのも、今となってはもっともだと思っています。申し分のない人間は、いつも平静で平和な心をもちつづけているはずで、情熱や一時的な願望でその静けさを乱すようなことを肯んじないものです。知識の追求もこの例外であるとは考えられません。あなたの専心なさる研究があなた自身の愛情を弱め、また、混りものとても入りっこないその単純な喜びのために、あなた自身の好きこのみを台なしにする傾向があるとしたら、その研究はたしかに法にかなっていませんよ。つまり人間の心に適しないのですね。もしも、この原則がつねに守られるとしたら、つまりその人の家庭的愛情の平静を妨げるものであるかぎり、なんであろうと、それを追求することを許さなかったとしたら、ギリシアは奴隷化されなかったし、カエサルは自分の国を救ったし、アメリカはそんなに早くは発見されなかったし、したがってメキシコやペルーの帝国も、滅されなかったというわけですよ。
ところで、私はうっかり、この物語のいちばんおもしろいところで、こんなお説教をやってしまいました。それに、気がついてみると、あなたも、話のつづきを聞きたがっておられるようですね。
さて、父は手紙のなかで責めたりしないで、ただ、前よりずっと詳しく私の仕事のことを訊ねることで私のごぶさたを注意しただけであった。こつこつと研究を続けているあいだに、冬が過ぎ、春が過ぎ、夏がまた過ぎたが、私は花や伸びる木の葉にふりむきもしなかった。以前はそれを見るのがいつも無上の歓びだったのに、それほど仕事に夢中になっていたのだ。そして、仕事が終りに近づかないうちに、その年の木の葉も萎んでしまつたが、今では、日ごとに私がうまいぐあいに成功したことがますますはっきりしてきた。とはいえ、私の熱中ぶりも不安のために阻まれ、自分が好きな仕事に没頭する芸術家のようではなく、鉱山とか何かそのほかの健康にわるい商売に一生奴隷として働かされる人のような気がした。毎日、微熱に悩まされ、じつに傷ましいほど神経質になって、一枚の木の葉が落ちてもギョッとし、罪を犯した者のように仲間の人たちを避けるのであった。ときどき、自分が破滅に陥ったばあいのことを想像して驚くこともあった。自分の目的に費すエネルギーだけが、私を支えていたのだ。けれども、私の仕事もまもなく終るだろう。そうしたらたしかに、運動と娯楽でもって、病気になりかけている状態も一掃されるだろう。この創造が完成したら、二つともやるぞ、と私は心に決めた。
五 クレルヴァルとの再会
十一月のあるものさびしい夜に、私は、自分の労作の完成を見た。ほとんど苦悶に近い不安を感じながら、足もとによこたわる生命のないものに存在の火花を点ずるために、身のまわりに、生命の器具類を集めた。もう午前の一時で、雨が陰気に窓ガラスをぽとぽと打ち、蝋燭はほとんど燃え尽きていたが、そのとき、冷えかけた薄暗い光で、その造られたものの鈍い黄いろの眼が開くのが見えた。それは荒々しく呼吸し、手足をひきつるように動かした。
この大激変に接した時の私の感動をどうして書き記すことができよう。あれほど心血を注ぐような努力をして造ったもののことを、どうして詳しく書けるだろう。ただ、手足はつりあいがとれ、顔つきは美しいものを選んでおいたのだ。美しいだって! なんということだ! 黄いろい皮膚は、下の筋肉や動脈のはたらきを紙一重で蔽っていたし、髪の毛は艶やかに黒くてふさふさしており、歯は真珠色がかった白であったが、こういうものがりっぱなだけに、暗褐色を帯びた白の眼窩とほとんど同じように見えるどんよりした眼や、しなびた肌や、一文字に結んだどす黒い
前へ
次へ
全99ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング