達した運命は、私が倒れて、けっして二度と起ち上れないようになるまでは、緊張をゆるめないように見えたのですよ。」
 僕は、この感歎すべき人物を失わなければならないのでしょうか。僕はしきりに友だちがほしいと思い、僕に同感し僕を愛する友人を求めていました。ごらんなさい、こういう荒涼たる海上で、その友だちを見つけたのですよ。けれども、見つけてその価値を知ったばかりで、すぐ失うことになるのではないかと心配しています。生きようとする気もちにならせたいのですが、そういう考えをてんで受けつけないのです。
 その人は言うのでした、「ウォルトンさん、こんなみじめな者に対する御親切は、ありがたいことです。しかし、あなたは、新しい絆や新しい愛情ということをお話しになりましたが、亡くなった者たちの代りになるものがあるとお考えなのでしょうか。私にとって、クレルヴァルと同じような人間があるものでしょうか。また、エリザベートがもう一人ほかにいるでしょうか。何かすぐれた長所があって、そのために愛情が強くはたらくばあいでなくても、子どものころの仲間は、その後にできた友だちではなかなか得られない力をつねに私たちの心に及ぼすものです。そういう人たちは、私たちの子どものころの性分を知っていますが、その性分は、あとで変るとはいえ、根が絶えるわけではありません。この人たちは、私たちの動機の誠実さについては、いっそう確かな結論でもって私たちの行動を判断できるのです。ほかの友だちなら、たとい強い愛着をもたれながらも、思わず知らず疑惑の眼で見られるような時でさえ、兄弟とか姉妹は実際にそういった徴候が前々から現われるのでないかぎり、たがいに瞞したり偽りの扱いをしたりしやしないか、などと疑うことはできません。しかし私には、習慣や交際からばかりでなく、その人のもっているほんとうの値うちから親しくなった友人もありました。こうして、どこへ行っても、エリザベートのやさしい声とクレルヴァルの話し声が、たえず私の耳もとでささやいていたのでした。この人たちも死んでしまい、もはやこういった孤独のなかでは、たった一つの感情しか私を生きながらえさせることはできません。つまり、私がもし同胞のために広くやくだつ何か高邁な仕事もしくは計画に従事したとすれば、その時は私も、それをやりぬくために生きることができたはずです。しかし、それは私の運命ではありません。私は、自分が生存を与えたものを追いかけて息の根をとめてしまわなければなりません。そうすれば、この世では私の運命は終り、もう死んでもよいのです。」

[#地から1字上げ]九月二日
 姉さん、――なつかしいイギリスやそこに住む親しい人々を、二度と見るような運命にあるかどうか、あぶないものだし、またいずれとも知るよしもありませんが、とにかくそういうなかでこの手紙を書きます。脱出を許さず、今にもこの船を押し潰しそうな氷の山に取り巻かれているのです。僕が仲間になってくれと言って伴れてきた勇敢な連中も、助けを求めて私のほうを見ますが、どうすることもできません。事態はたしかに怖ろしくぞっとするようなものですが、それでも僕は、勇気と希望をまだ失っていません。しかし、この人たちが僕のために命の瀬戸ぎわに立っていると考えると、恐ろしくなります。僕らが命を失うことになれば、それこそ僕の気ちがいじみた計画か原因なのですから。
 ところで、マーガレット、あなたの精神状態はどんなふうでしょう。あなたは僕の死んだことを聞かず、僕の帰りを心配してお待ちになっているのでしょう。幾年か経って絶望に陥り、それでも希望を捨てきれずに苦しむのでしょう。おお、なつかしい姉さん、待ちに待った期待がはずれてよろめくことを考えると、自分が死ぬよりも恐ろしいのです。しかし、あなたは、夫と愛する子どもたちがあるのですから、幸福にしていられないこともありません。天の恵みで何とぞそういうことになりますように!
 僕の不運な客人は、厚い同情の念をもって私を見てくれます。僕に希望をもたせようとして、命こそかけがえのない宝だと言うのです。この人は、この海の探検を企てた他の航海者たちも、どのくらいこれと同し目に出遭ったか、ということを憶い出させたので、思わず元気にさせられます。水夫たちさえ、この人の力強い雄弁に打たれ、この人が話をするともう絶望しなくなります。こうして、みんなの力を奮起させるので、その声を開いていると、巨大な氷の山も、人間の決断の前につぶれるモグラの山だと思いこむのです。とはいえ、こういう気もちも一時的で、期待が一日一日と先に延びるにしたがって、みんなの心配が大きくなっていくので、僕は、こういった絶望のために暴動が起りはしないかとさえ恐れています。

[#地から1字上げ]九月五日
 この手紙はどうやらお手
前へ 次へ
全99ページ中93ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宍戸 儀一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング