の不幸を十倍も増しているかもしれませんね。ああ! ヴィクトル、あなたの従妹、遊び友だちが、あなたに対して誠意のある愛情をもっているかぎり、こういう仮定のためにみじめな思いをなさらなくてもよいことはたしかです。幸福になってください。このただ一つの要求に従ってくださるなら、地上の何ものも私の平静を妨げる力をもたないことに満足していらしてください。
「この手紙があなたを苦しめたりするようなことがございませんように。もしも、そうするのが苦痛でしたら、明日も、明後日も、お帰りになるまでも、御返事をお書きにならなくてさしつかえありません。伯父さまがあなたの御健康のことを知らしてくださるでしょう。お会いしたとき、私のいろいろな努力によってあなたの唇にただの一度でも微笑が浮ぶのを見たら、私にはそのほかの幸福に要りません。
[#ここから地から2字上げ]
エリザベート・ラヴェンザ
ジュネーヴで一七××年五月十七日」
[#ここで地上げ終わり]
 この手紙は、今まで忘れていた悪鬼のおどし文句――「結婚式の夜には行くからな![#「結婚式の夜には行くからな!」に傍点]」――を記憶のなかに甦らせた。それが私に対する刑の宣告であって、その夜、例の魔ものは、私を殺すためにどんな手でも使い、幸福をちらつかしていくらかでも私の苦悩を和らげる目あての立つものがあれば、それを、私から引き裂いてしまうだろう。よろしい、それでよいのだ。そのときにはきっと、死の闘いがおこなわれ、やつが勝てば、私は平和になり、私に及ぼすやつの力は終りになるし、やつが負ければ、私は自由な人間になるのだ。ああ! どんな自由だというのか。自分の家族が眼の前で虐殺され、家は焼かれ、畑は荒され、路頭に迷って、家もなく、金もなく、ひとりぼっちで、自由という名ばかりの、土百姓の享けるようなもの。エリザベートという宝を一つもっていることを除けば、そういうのが私の自由であろう。ああ! それも、死ぬまで私をつけまわす悔と罪の恐怖感のために帳消しにされたのだ。
 美しく愛らしいエリザベート! 私は、その手紙をくりかえして読んでいると。何かしらなごやかな感情が心に忍びこんで、愛と歓喜の楽園の夢をささやいたが、林檎はすでに食べられており、天使は腕をまくって私のあらゆる望みを取りあげようとしているのであった。けれども私は、エリザベートを幸福にするなら死んでもよかった。怪物がもしその脅迫を実行に移すとしたら、死は避けられなかったが、それでも、結婚すれば自分の宿命を早めることになるかどうかをまた考えてみた。私の破滅はなるほど数箇月早くやってくるかもしれないが、私を苦しめる怪物が、その脅迫を怖れて私が延期したというふうに邪推するとしたら、別の、おそらくはもっと怖ろしい復讐の手段を見つけ出すにきまっている。やつはおまえの結婚式の夜に行くからな[#「おまえの結婚式の夜に行くからな」に傍点]と誓ったのだが、この脅迫がそのあいだ平和を守る約束をしたことになると、考えているわけではなかった。というのは、まだまだ血に飽き足りていないことを示すもののように、あのおどし文句を並べた直後に、クレルヴァルを殺しているからだ。だから、私がすぐ従妹と結婚して、この従妹が父の幸福をもたらすとすれば、私の命を狙う敵の計画のために、ただの一時間でも結婚を延ばしはしないぞと私は決心した。
 こういう精神状態で、私はエリザベートにあてて手紙を書いた。その手紙は、なごやかな愛情にみちたものであった。「僕の愛するひとよ、僕は、地上にはもう、僕らのための幸福はあまり残っていないのではないかと心配するのです。それにしても、いつか私が享けるかもしれない幸福はみな、あなたを中心にしたものです。何にもならぬ懸念は、追いはらっておしまいなさい。僕は、自分の生活と満足のいくための努力を、あなただけに集中しているのですから。僕はね、エリザベート、一つの 秘密を、恐ろしい秘密をもっているのですが、それをあなたにうちあけたら、あなたの体は恐怖のために凍ってしまい、僕の不幸に驚くどころか、私が生きながらえて堪えてきたことをふしぎに思うだけでしょう。この悲惨な恐ろしい話は、私たちの結婚が済んだつぎの日に、あなたにうちあけます。そうなれば、おたがいにすっかりうちあけなければなりませんからね。しかし、お願いだから、それまでは、直接的にも間接的にもそのことに触れないでください。私はほんとうに心からこれをお願いし、あなたも承知してくれることとおもっています。」
 エリザベートの手紙が着いてから一週間ほど後に、私たちはジュネーヴに戻った。エリザベートは曖かい愛情で私を迎えた。それでも私の窶れた体や熱ばんだ頬を見ると、エリザベートの眼には涙がにじんだ。私もあいての変ったことをみとめた。ずっと痩せて
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