なら少しは警戒の感じを私に起させるような身ぶりで、たがいに囁きあっていた。しかし、このとき、その人たちが英語を話していることに気づいただけであった。だから私は、英語で話しかけた、「皆さん、この町はなんという所ですか。ここはどこだか教えていただけませんか。」
 すると、嗄れた声の男がそれに答えた、「そのうちにわかるさ。たぶん、あんたの気に入らない所に来たわけだよ。あんたの宿の相談に乗る者はないだろうよ、きっと。」
 私は知らない人からこんな失礼な返答を受けてひどくびっくりし、しかもその仲間たちの眉をひそめて怒った顔を見てめんくらった。「どうしてそういう乱暴な答えをなさるのです? よそ者をそんなふうに不親切に扱うのは、たしかイギリス人のしきたりじゃありませんね。」
「イギリスのしきたりがどんなのか知らないがね、悪党を憎むのがアイルランド人のしきたりさ。」
 こういう奇妙な会話が取り交されているあいだに、たちまち、黒山のように人垣が築かれるのが見えた。その連中の顔が好奇心と怒りのまじりあった表情をしていたので、私は、それが気になって、かなり警戒もしはじめた。宿屋へ行く道を尋ねたが、誰も答えなかった。それから、私が歩きだすと、あとについて来たり取り巻いたりしている群衆のなかから、がやがや言う声が起り、そのとき人相のよくない男が近づいて、私の肩を叩いた、「さあ、行こう。カーウィンさんのところへ行って、身のあかりを立ててもらおう。」
「カーウィンさんって、誰です? どうして僕は身のあかりを立てなきやならないんです? ここは自由な国じゃないですか。」
「ええ、そりあね、正直な人間にとっては、たしかに自由だよ。カーウィンさんというのは、知事([#ここから割り注]行政・司法を兼ねる長官でいわば奉行とでもいうべきもの。訳=註[#ここで割り注終わり])――だ。昨夜ここで殺されていた紳士のことで、詳しく話してもらおうじゃないか。」
 この返事には驚いたが、まもなく気を取りなおした。私に罪はない、それはたやすく証明できる。そこで私は、黙ってその案内者のあとになって、町でもっともりっぱな家の一つにつれて行かれた。疲労と空腹で今にも倒れそうになっていたが、群衆に取り巻かれているので、体の衰弱のために危惧の念や有罪意識をもっていると解釈されたりしないように、全力を振い起すのが得策だと私は考えた。そのときは、自分をぺちゃんこにして、恐怖と絶望のために不名誉だの死だのというあらゆる気づかいも消えてなくなるような、災難がふりかかってくるとは、よもや思いもかけなかった。
 ここで私は、ひと休みしなければなりません。というのは、思い浮んだままにこれから詳しくお話しする事件を憶い起すのは、あらゆる勇気を必要とするのです。


     21[#「21」は縦中横] 思いもかけぬ災難


 私はまもなく知事の前に伴れて行かれたが、知事というのは、ものごしの穏かで柔かな、やさしそうな老人であった。とはいえ、かなり厳しく私に眼をくれてから、案内してきた者に向って、誰がここに証人として出ているのかと尋ねた。
 五、六名の人が進み出て、そのなかの一人が知事に選ばれたが、その男の申し立てによると、昨夜、自分の息子と義弟ダニエル・ニュージェントを伴れて漁に出、十時ごろに強い北風が吹きだしたので、港に入った。月がまだ昇ってなくて、たいへん暗い晩だったので、港で上陸しないで、いつものように、二マイルばかり下の入江で上陸した。その男が漁具の一部を持って先に立って歩き、あとの二人はすこし離れてついて来た。砂浜を歩いていると、ふと何かにつまずいて地面に四つん匍いになった。そこで、伴れの者が来て助け起し、提灯の光で見ると、どう見ても死んでいる人間の体につまずいて倒れたものだということがわかった。はじめは、溺れて波のために岸に打ち上げられた者の死体であろうと仮定したが、よく調べると、着物が濡れておらず、体もまだその時には冷たくなっていないくらいだった。そこで、さっそくそれをその場に近いある老婆の家へ運んで、息を吹き返させようと手を尽したが、どうしてもだめだった。それは二十五歳前後の美しい青年で、見たところ絞め殺されたらしく、頸についている黒い指のあと以外には、何ひとつ暴力のしるしがなかった。
 この証言のはじめのほうは、私にはちっとも興味がなかったが、指のあとということを聞くと、弟が殺されたのを憶い出して、ひどく胸さわぎがし、手足が慄え、眼が霞んで、椅子によりかからずには立っていられなかった。知事は私をするどく観察し、もちろん私の態度から好ましくない徴候を看て取った。
 息子は父親の話を確証した。しかし、ダニエル・ニュージェントは、証言に呼び出されると、義兄が倒れる直前に、岸に近いところに一人の男の
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