者を見つめていると、歓喜と悪魔的勝利に胸がふくらんだ。そこで手を叩いてどなった、『おれだって、人を破滅におとしいれることができるのだ。おれの敵は不死身ではない。この子どもが死んだことは、敵に絶望を感じさせるだろう。これから無数の不幸で、そいつを悩ませ滅ばしてやるぞ。』
「子どもをじっと見ていると、胸のところに何か光るものが見えた。手に取ってみるとそれはすこぶる美しい婦人の肖像たった。烈しい悪意をもってはいながらも、それはわたしの気もちを和らげ引きつけた。ちょっとのあいだは喜んで、睫毛の長いその黒い眼や愛らしい唇をじっと眺めたが、すぐにまた怒りが戻ってきて、自分は永遠にこういう美しい人から与えられる歓びには縁がないこと、見るとよく似ているその婦人が、わたしを見たばあい、そのけだかい慈愛に満ちた様子を嫌悪と恐怖を表わすものに変えたにちがいないことを、わたしは憶い出した。
「腹立ちまぎれのこいいう考えを、あんたは無理もないとは思わないか。その瞬間に、自分の気もちをぶちまけて絶叫しながら苦しみ悶えたりしないで、人間のあいだに馳けこみ、それを滅そうとして自分が死ぬようなことにならなかったのは、ふしぎなくらいだ。
「こういう感情に身を任せながら、殺人のおこなわれた地点を去り、もっと人里離れた隠れ家を求めて、空っぽらしく見える納屋に入った。藁の上には、一人の女が眠っていたが、それは若い娘で、たしかに、わたしが持っていた肖像の婦人ほどは美しくなかったが、いやみのない顔立ちで、若さ健かさの美しさに溢れていた。おもうに、その喜びをわかつ笑顔をわたし以外のあらゆる人に見せる者が一人、ここに居るのだ。そこでその娘の上に身かかがめてささやいた、『眼をおさまし、美しい娘さん、おまえさんの恋人がすぐそばに居るよ――その男は、おまえさんの愛情のこもった眼で一目だけ見てもらうなら、命を棄ててもいいのだ。かわいい娘さん、眼をおさまし!」
「眠っているその娘が身じろぎしたので、ぞっとするような怖ろしさが全身を馳けめぐった。ほんとうに眼をさましてわたしを見たら、わたしを呪い、人殺しといって叫ぶだろうか。この隠された眼が開いて、わたしを見るとしたら、きっとそんなふうにするにきまっている。そう考えると気も違いそうになり鬼畜の心がこみあげてきた――おれではない、この娘が苦しむのだ、この娘が与えることのできるあらゆるものをおれが永久に奪われているからこそ、おれの犯した殺人罪をこの娘に償わしてやるのだ。犯罪はこの娘から出ているのだから、刑罰はこの娘に加えるがいい! フェリクスの課業と人間の殺伐な法律のおかげて、わたしはもう悪戯をはたらくことを学んでいた。そこで、娘のほうに身をかがめて、その着物の襞の一つに落ちないように肖像をさしこんだ。娘がまた身動きしたので、わたしは逃げた。
「四、五日のあいだ、そういった活劇の演じられた地点にかよって、ときにはあんたに会いたいと思ったり、またときには永久に世界とその不幸におさらばしようと決心したりしたのです。とうとうわたしは、あんただけが満足のできる燃えるような情熱のままに、この山々にさまよいこみ、その巨大な山奥をつぎつぎと渉り歩いていたわけだ。わたしの要求に応ずるとあんたが約束するまでは、お別れするわけにはいきませんよ。わたしは、ひとりぼっちで、みじめなのだ。人間はつきあってくれないけれども、わたしと同じような、畸形の怖ろしい者なら、わたしを斥けはしないでしょう。わたしのこの相棒は、同じ種族で、しかも同じ欠点をもっていなくてはいけない。そういうものを造ってもらわなくてはいけないね。」
17[#「17」は縦中横] 怪物との約束
怪物は、語り終えて私をじっと見つめながら、返答を待った。しかし、私は、すっかりめんくらい、困惑して、あいての要求の全体を理解するだけに考えをまとめることができなかった。怪物は話をつづけた、――
「生きていくうえに必要な同情を交してわたしといっしょに暮らしていける女性を、あんたに造ってもらわなくてはいけないのです。これはあんたしかできないことだし、あんたの拒むわけにいかない権利として、これを要求するわけですよ。」
話のあとのほうの部分を聞いて、百姓家での穏かな暮らしの話を聞いているあいだは消え去っていた怒りが、私の心に新しく火をつけたが、今また、これを聞いて私はもはや、自分のなかに燃える怒りを抑えきれなかった。
「そんなことはおことわりだ。いくら僕を苦しめても、同意するわけにいかないよ。おまえが僕をどこまでも不幸な人間に陥し入れるかもしれないが、僕は、この眼で見て自分が卑劣になるようなことはやらないよ。おまえと同じようなものを別に造ってみろ、いっしょに悪事をはたらいてこの世界を荒らすだろう! 行っ
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