この人たちのほかには、人はあまり見かけず、誰かほかの者がたまたま家に入って来ることがあっても、その連中の粗野な態度や荒々しい歩きぶりは、この家の人たちのりっぱな態度をきわだたせるだけのことであった。老人がしばしば子どもたちを励まし、ときどき老人が呼ぶときにわかったことだが、憂欝を振り払わせようと努力していることは、わたしにも読み取れた。老人は、わたしさえ嬉しくなるような善良さを現わして、快活な口調で話をした。アガータは尊敬の念をこめてそれを聞き、その眼には涙が溢れることもあったが、そんなときはそれをそっと拭き取るようにしていた。しかし、だいたいにおいて、父親に言って聞かされたあとでは、その顔いろや声の調子がずっと快活になるのがわかった。フェリクスのばあいは、そうではなかった。いつでも家族のなかでいちばん悲しそうにしており、わたしの未熟な感じから言ってさえも、ほかの者より深く悩んでいるように見えた。しかし、顔いろのほうはもっと悲しげであったとしても、声は、老人に話しかける時には、妹の声より快活であった。
「ちょっとしたことではあるが、この愛すべき人たちの気性を示す実例を、いくらでも挙げることができる。貧窮と欠乏のさなかにありながら、フェリクスは、雪のつもった地面から首を出した最初の白い花を、喜んで妹に持ってきてやった。朝早く、妹の起きる前に、牛小屋へ行く道をふさいだ雪を掻きのけたり、井戸から水を汲んできたり、納屋から薪を運んできたりしたが、その納屋のなかには、眼に見えない手でいつも補充される薪の貯えがあるのを見て、しじゅう驚くのだった。日中はときどき、近所の百姓家の仕事をすると見え、よく出かけて夕食まで帰らず、薪を持って来なかった。また、ときには、菜園で働いたが、霜のおく季節にはすることとてもあまりなかったので、老人とアガータに本を読んでやった。
「この、本を読むということが、最初は、わたしにはどうしてもわけがわからなかったが、そのうちに、だんだん、読んでいるさいに、話をする時と同じことをいろいろと喋ることがわかった。だから、わたしは、フェリクスのわかることばのしるしが紙の上にあるのだろうと推測し、しきりにそれを理解したいと考えたが、ことばのしるしどころか、かんじんのことばの音さえわからないのに、どうしてそんなことができよう。けれども、この知識は眼に見えて進歩したとはいえ、全心を捧げて努力しても、会話だってろくすっぽわかりっこはなかった。わたしは、家の人たちの前に姿をあらわしたくてしかたがなかったけれども、ことばをまずおぼえこまないうちは、そんなことをしてはいけない、それさえわかれば、この人たちも、わたしの畸形を、見のがしてくれるだろう、ということが、すぐわかった。というのは、わたしの眼にひっきりなしに見せつけられる対照も、わたしにこのことを教えてくれたからだ。
「わたしは、この人たちの申し分のない姿――その愛嬌と美しさと品のよい顔色を讃歎したが、自分を澄んだ池の水に映してみたとき、どんなに慄いあがったことだろう! はじめのうちはその水鏡に映ったものがほんとうにわたしであるとは信じかねてたじたじとなり、自分が実際にそういう怪物であることをよくよく確めると、激しい落胆と無念の感にみたされた。ああ! けれども、わたしにはまだ、こういうみじめな畸形の致命的な効果がとことんまでわかったわけではなかった。
「陽の光が暖かくなり、日が長くなると、雪が消え、裸の木と黒土が見えた。このころからフェリクスは、仕事で忙しくなり、同情の念をそそらずにいられないようなさし迫った飢餓の徴候はなくなった。あとでわかったことだが、食べものは粗末ではあったが、健康にはよかったし、足りなくなるようなことはなかった。いくつか新しい種類の植物が菜園に芽ばえると、それを調理した。こういう安楽のしるしは、季節が深まるにつれて日ごとにふえていった。
「老人は、雨が降らないときは、毎日、正午に、息子によりかかって散歩した。天から水が降りそそぐとき、それが雨と呼ばれることは、わたしにもわかった。雨はたびたび降ったが、強い風がたちまち地面を乾かし、季節はますます快適になってきた。
「小屋のなかでのわたしの暮らしぶりは、変りがなかった。朝のうちは家の人たちの動静に注目し、みんながそれぞれにいろいろな仕事に就くと、わたしは眠り、それから後はまた、家の人たちを観察して過ごした。みんなが寝床に引っこんでしまうと、月が出ているか、星明りがあるかすれば、森へ入りこんで、自分の食べものと家へ持って帰る燃料を集めた。戻ってくると、その必要があるたびに、道路の雪を払ったり、フェリクスがやるのを見ておぼえた仕事をしたりした。眼に見えない手がやってくれたそういうほねおり仕事を見て、この人たちがたいへ
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