ルネストをおちつかせようとして、もっと詳しく父のことや私が従妹と呼ぶ人のことを尋ねた。
「誰よりもエリザベートを慰めてほしいですね。」とエルネストが言った、「自分が弟を死なせるもとになったというので、自分を責めて、それこそ、みじめな思いをしているのですよ。しかし、殺したやつが見つかってから――」
「殺したやつが見つかったって! なにをいうのだ! そんなはずがどうしてあるものか。誰がそいつを追いかけることができるんだい? そんなことはできない相談だよ。風に追いつこうとしたり、一本の藁で山川をせき止めようとしたりするのと同じことだよ。私もそいつを見たが、昨夜逃げられてしまったのだ!」
「兄さんの言うことはわからないけど、」と弟はいぶかるようにして言った、「撲らはそれを見つけたためにかえって不幸を大きくしてしまったのですよ。最初は誰も信じませんでした。今だってエリザベートは、どんな証拠があったところでほんとうにしませんよ。まったく、あんなに愛らしい、家じゅうの者の好きなジュスチーヌ・モリッツが、いきなりあんな恐ろしい、あんな度胆を抜くような犯罪を犯すようになれたことは、誰が信じるだろう?」
「ジュスチーヌ・モリッツだつて! かわいそうに、あの子が嫌疑を受けたのだって? だけど、それはまちがっているよ。誰だってそんなことはわかっている。誰だって信じているわけではないね、エルネスト?」
「最初は誰も信じませんでしたよ。しかし、事情がいろいろわかってきて、どうやら信じないわけにいかないのです。それに、ジュスチーヌ自身のふるまいが、事実の証拠を固めるようにひどく混乱していて、疑問の余地のないのを、私は心配しているのですよ。だけど、今日、裁判がありますから、兄さんもあとですっかり傍聴してください。」
 弟の話によると、かわいそうなウィリアムの殺されたのがわかった朝、ジュスチーヌは、病気になって、数日間病床にひきこもっていた。そのあいだに、女中の一人が、殺人のおこなわれた夜ジュスチーヌが着ていたきものをふと調べてみると、そのポケットから私たちの母の画像が見つかったので、それに誘惑されて殺したものと判断された。その女中がさっそく、もう一人の女中にそれを見せたところ、その女中は家の誰にもひとことも言わずに、治安判事のところへ行ったので、その証拠にもとづいてジュスチーヌは逮捕されてしまった。事実を問いつめられると、このきのどくな少女は、態度がひどくどぎまぎしていたために、かなり嫌疑を強めた、というのだ。
 これはおかしな話だったが、私の信念はゆるぎなかったので、しんけんになって言った、「みんなでまちがっているよ。僕には殺したやつがわかっているのだ。ジュスチーヌには、かわいそうにあの善良なジュスチーヌには、罪はないよ。」
 このとき父が入ってきた。父の顔には深く刻まれた不幸が見えたが、父は、私を元気で迎えるように努力し、哀悼の挨拶を交したあとで、私たちの災難以外の何か別の話をしようとしたが、エルネストはそれに乗らなかった、「そうだ、お父さん! ヴィクトルは、かわいそうなウィリアムを殺したやつを知っているのだって。」
「運の悪いことに、わたしらも知っているよ。わたしが高く買っていた者の、あんな背徳と忘恩を見るくらいなら、何も知らんでいるほうが、ほんとによかったよ。」
「お父さん、それは違っていますよ。ジュスチーヌに罪はないのです。」
「そうだとしたら、断して罪人として苦しんだりすることのないようにしたいもんだね。今日、裁判があるはずだが、無罪放免となるように、わたしは、わたしは、心から望んでいる。」
 父のことばで私はおちついた。私は心のなかで、ジュスチーヌが、いや実際のところどんな人間でも、この殺人事件では無罪だと固く信じた。だから、ジュスチーヌを有罪と決めるに足るほどの、強い状況証拠が持ら出されはしないかと心配はしなかった。私の話は公けに発言すべきものではなかった。胆を潰すようなあの怖ろしさも、民衆の眼には、狂気の沙汰としか映らないにきまっているのだ。自分の感覚でそれを確かめでもしないかぎり、私が世界に放ったような、僭越で無知な、何をしでかすかわからない、生きた記念碑が存在する、ということを信ずる者が、創造者である私を除いて、実際にあるだろうか。
 エリザベートがまもなく、私たちが話しているところへやって来た。最後に会った時から久しく経っているので、エリザベートは、子どものころの美しさにまさる愛らしさをそなえていた。以前と同じ天真爛漫さ、快活さがあるとこへ、もっと感受性と知性にみちた表情が加わっていた。エリザベートはこのうえもない愛情を湛えて私を歓迎した。「あなたが帰っていらしたので、希望がもてますわ。あなたはたぶん、あのかわいそうな罪もないジュスチ
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