だって、心配で心配で居ても立ってもおられぬ思いだった。朝の五時ごろ、わたしはかわいい坊やを見つけたが、前の晩には咲き匂うばかりにいきいきと健康だったのを見ているのに、草の上にのびて、色蒼ざめ、動かなくなってしまって、頸には殺害者の指のあとがついているのだ。
「死体は家へ運んで来たが、私の顔に苦悩の色が現われているのを見て、エリザベートに秘密がわかってしまった。エリザベートはしきりに死体を見たがった。はじめは引き留めようとしたが、どうしてもきかずに、それのよこたわっている部屋に入り、被害者の頸をさっそく調べ、手を叩いて叫んだ、『おお神さま! あたしがあのかわいい子を殺したんだわ!』
「エリザベートは気絶してしまって、正気にかえるのにひどく難儀した。気がついても、ただもうすすり泣いて吐息をつくばかりなのだ。やっと私に話したところによると、その日の夕方、ウィリアムが、エリザベートの持っていたおまえの母のたいせつな小画像を自分が掛けたがって、エリザベートを困らせた。この画像がなくなっているから、殺害者は疑いもなくあれがほしくてやったのだという。そこで、その犯人を見つけようとする努力は続けているが、今のところその踪跡はわからないし、またわかったところで、あのかわいいウィリアムが生きかえるわけではない!
「帰って来ておくれ、いとしいヴィクトル。エリザベートを慰めることができるのはおまえだけなのだよ。エリザベートは泣いてばかりいて、そうではないのにウィリアムの死の原因か自分だと言って自分を責めるのだが、そのことばがわたしの胸を突き刺すのだ。われわれはみな不幸だ。けれども、そのことは、おまえにとって、帰って来て、われわれを慰めてくれようとする動機を、もう一つ加えたことにならないだろうか。おまえのお母さん! ああヴィクトル! 今となっては言いますが、おまえのお母さんがあの小さな坊やのむごたらしいみじめな死に目に会うまで生きていなかったことを神さまに感謝します!
「帰っておいで、ヴィクトル、暗殺者に対して復讐するという考えを抱いてでなく、われわれの心の傷を痛ませるかわりに医してくれる、穏かな、やさしい気もちで。敵に対する憎しみをもってでなく、おまえを愛する者に対する親切と愛情をもって、この哀しみの家においで。――おまえの悩める慈父
[#地から2字上げ]アルフォンス・フランケンシュタイン
[#地から1字上げ]ジュネーヴ、一七××年五月十二日」
 この手紙を読むうち私の顔を見守っていたクレルヴァルは、はじめ手紙を受け取った時に表わした喜びが、絶望に変ったのを観て、驚いた。私は手紙を卓上に投げ出し、両手で頸を覆った。
「君、フランケンシュタイン、」とアンリは、私がさめざめと泣いているのに気がついて叫んだ、「君はしじゅう不幸な目に会うんだね。ね、君、どうしたんだ?」
 私は身ぶりで手紙を読んでくれとあいずしながら、興奮のあまり、部屋のなかをあちこち歩きまわった。手紙を読んで私の不運を知ると、アンリの眼からも涙が流れた。
「なんとも慰めようがないよ。君の災難はとりかえしがつかない。で、君はどうするつもりだ?」
「すぐジュネーヴへ帰る。だから、いっしょにそこまで行って馬を頼んでほしいんだ。」
 歩きながらもクレルヴァルは、慰めのことばを少しでも言おうと努力したが、真心のこもった同情を表わすことしかできなかった。「かわいそうなウィリアム! いい子だったのに、今では、天使のようなお母さんといっしょに眠っているのだね! 若々しい美しさに包まれて明るく楽しそうにしていたあの子を見たことがある人なら、それが不時に亡くなったと聞いて、泣かずにいられないよ! そんなみじめな死に方をして、殺害者の掴んだ手のあとを、まざまざと見せたまま! ひどい人殺しもあるものだ、あの天真爛漫な、罪もない子を殺すなんて! かわいそうな坊や! 僕らの慰めはたった一つきり。親しい者が歎き哀しんで泣いてはいても、あの子は安らかになっているのだ。激しい苦痛が去り、あの子の苦しみは永久に終ってしまった。芝生にそのやさしい姿を蔽われて、苦痛を知らないでいるのだ。あの子はもう憐れみの対象ではなくなって、憐れまれるのはかえってあとに遺されたみじめな人たちなのだ。」
 街を急いで歩きながらクレルヴァルはこう話したが、そのことばは、私の心に刻みつけられ、あとでひとりになった時に思い出された。しかし、もうそのとき馬が着いたので、私は大急ぎで馬車に乗り、友にさよならを告げた。
 私の旅は、すこぶる憂欝だった。悲しんでいる親しい者たちを慰めて、悲しみを共にすることを願っていたので、最初のうちは急いで行きたかったが、ふるさとの町に近づくと、馬の歩みをゆるめた。万感の胸に迫るのを抑えかねたのだ。年少のころ親しんだ場面を通
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