、私にもはっきりわかったことだが、私にうちとけて話させようと思って、私の進歩したことから科学そのものに話題を変えた。私に何ができよう。教授は喜ばせようと思ったのに、かえって私を苦しめたのだ。私には、それが、あとで私を後々にむごたらしく死に至らしめるために使う道具類を、一つ一つ念入りに私の前に置いているかのように感じられた。私は、教授のことばを聞いては身もだえしたか、感じた苦しみをあえて表には出さなかった。いつもすばやく他人の感じていることを見ぬく眼と感情の持ちぬしであるクレルヴァルが、自分がまるきり知らないのを口実にして、その話題をそらしたので、話はもっと一般的なことに移っていった。私は心から友に感謝したが、口には出さなかった。アンリが意外に思ったことは、はっきりわかったけれども、私から秘密を引き出そうとはしなかった。私も、限りのない愛情と尊敬の入り混った気もちでこの友人を愛していたのに、あの出来事をうちあけて話す気にはとてもなれなかった。あの出来事は、私の思い出のなかにはすこぶる頻繁に現われるが、それにしても、他人がそれを詳しく知ったら、もっと深刻になまなましい印象を受けるだけだ、ということを怖れるのだ。
クレンペ氏のほうは、こんなにおとなしく済むわけにはいかなかった。そのとき、ほとんど神経過敏の状態に陥っていた私には、その無遠慮な讃辞が、ヴァルトマン氏の慈愛にみちた称讃よりもかえって苦しかった。教授は叫んだ、「こいつめは、ね、クレルヴァル君、たしかにわしらを追いぬいてしまったんですよ。やれやれ、いくらでも眼を円くしなさいよ。しかし、これは事実なんだ。二、三年前にはコルネリウス・アグリッパを福音書同様に固く信じていた若者が、今ではこの大学の先頭に立っているんだ。この男を早くやっつけないことにゃ、わしらはみな顔色なしですよ――やれやれ。」私が苦しそうな顔つきをしでいるのを見て、教授は言いつづけた、「フランケンシュタイン君は控え目でね。若い人としてすぐれた性質をもっていますよ。若い人たちは遠慮がちがいいですなあ、クレルヴァル君。わしだって若いころはそうだったが、どうも永続きしなくてね。」
グレンペ氏は今度は自慢話を始めたので、さいわいに私を苦しめる問題から話が逸れていった。
クレルヴァルは自然科学に対する私の趣味に同感したことがなかったので、その文学的探究は、私が勉強したものとはまるで違っていた。東洋の諸国語にすっかり通暁することを企てて大学へ来たのであるが、それというのも、こんなふうに自分で目じるしをつけた生活設計の一領域を開くためであった。ただ、恥しくない道を歩もうと心に決め、自分の進取の気性にふさわしい活動領域として、東方に眼を向けたのであった。そこで、アンリが、ペルシア語やアラビア語やサンスクリット語に注意を奪われたので、私もつい誘われて同じ勉強を始めた。何もせずにぶらぶらしているのは、私には退屈なことだったし、ふりかえって考えてみるのを好まず以前の研究がいやになっている今では、友と同じ勉強をすることに大きな救いを感じ、また、東洋人の著作に教訓ばかりでなく慰藉までも見出した。私は、アンリのようにその人たちの方言の批判的知識を企てたりはしなかった。というのは、それを一時的な娯しみ以上のやくにたたせるつもりがなかったからだ。私はただその意味を解するために読んだのであって、ほねおりがいは十分にあった。ほかのどの国の著述家たちを研究した時にも経験したことのないぐらいに、この人たちの憂欝は心を慰めてくれ、その歓びは心を高めてくれる。そういう著作を読むと、人生は、暖かい太陽や薔薇の花園のなかにあり――美しい敵すなわち女性の、笑顔やしかめ顔、自分の心を焼きつくす火のなかにあるような気がする。ギリシアやローマの男らしい英雄的な詩とは、なんと違っていることだろう!
こんなことに没頭しているうちに、夏が過ぎ、私がジュネーヴへ帰るのはこの秋の終りときまったのであったが、いろんな出来事のために、のびのびになっているうちに、冬と雪がやって来、道が通れなくなったらしいので、私の帰省は、さらにつぎの春まで延びることになった。こんなふうにのびのびになったことに、私はじつにつらい思いをした。ふるさとの町や愛する友だちを見たくてしょうがなかったからだ。クレルヴァルが誰とも土地の人たちに馴れないうちに、この見知らぬ所に置いていってしまうのがしのびなかっただけで、私の帰省が長びいたのであった。けれども、冬のあいだは愉快に過ごし、春の来るのがいつになく遅かったとはいえ、それが来ると、その美しいことは、遅かっただけのことがあった。
五月という月がもう始まっていたので、私は、出発の日取りを決めてよこす手紙を毎日待ちもうけたが、そのときアンリが、私が長いこと
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