いけないと、何かささやくものもあるけど、私はそんな、縁起でもない声には耳を傾けませんわ、ごらんなさいな、私たちの船はこんなに早く進んでいるのよ。それに、モン・ブランの円屋根を蔽い隠したり聳え立たしたりする雲が、この美しい眺めをいっそう引き立せていますのね。また、澄んだ水のなかで泳いでいるたくさんの魚もごらんなさいな。底の小石が一つ一つ見わけられるくらいよ。なんてすばらしいでしょう! 自然がみんな幸福に晴ればれとして見えますわ!」
エリザベートはこんなふうに、憂欝なことを考える自分と私の心を、なんとかしてそらそうとした。しかし、その気分が動揺していて、ちょっとのあいだは眼を輝かしてよろこんだが、それがたえず困惑と空想に代っていった。
太陽は沈みかけた。私たちはドランス河を過ぎ、小山の深い割れ目やもっと低い山の谷あいを通っている水路を眺めた。アルプス山系はこのあたりでは湖に近く迫っていて、私たちはその東の境になっている山々の円形劇場に近づいた。そのまわりにある森や、そのそばにさしかかった山また山のつらなりの下に、エヴィアンの尖塔が輝いていた。
それまでたいへんな速さで私たちを吹き送っていた風が、日没には止んで微風になった。そのそよそよとした風は、水面にさざなみを起すぐらいのもので、海岸に近づくにつれて木々のあいだをこころよくそよがせ、花と乾草のじつに気もちのいい香りを運んでくるのだった。上陸するとき、太陽が水平線の下に沈んだ。私は、岸に着くと、まもなく自分を捉えて永久にまといつく心労や不安が甦ってくるのを感じた。
23[#「23」は縦中横] 最愛の者の死
上陸したのは八時ごろであった。私たちはしばらく、ひとときの光を楽しんで湖畔を歩き、それから宿屋に入って、暗くてぼんやりしてはいるがまだ黒い輪郭を見せている水や森や山々の美しい景色を眺めた。
雨へ落ちていた風が、こんどは西から激しく吹き起った。月は天心に達して傾きはじめたが、雲は禿鷹の飛ぶより速くそれをかすめて光をかげらせ、湖はあわただしい空模様を映して、起りはじめたおやみない浪のためにますます騒々しくなった。と、とつぜん、沛然として雨が降りだした。
私はおちついていたが、夜になって物の形がぼやけはじめるや否や、心に数限りない恐れが起ってきた。拳銃をふところに隠して右手で握りしめながら、私は
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