そのために用いられた考えは、どれもこれも極端な苦悩であり、暗にそれを指して語ったことばは、一つ一つ唇を慄えさせ、心臓をどきどきさせた。
 ロンドンで何箇月か過ごしたあとで、私たちは、スコットランドに居る人から手紙を受け取ったが、この人は以前ジュネーヴに私たちを訪れたことのある人であった。自分の国の美しさを挙げて、もしもこういうものに誘惑を感じるようでしたら、私の住む北方のこのパースまで足を延ばしていただけませんか、と言ってきたのだ。クレルヴァルはしきりにこの紹待に応じたがったし、私も人とつきあうのは嫌だったけれども、山や河や、自然が意のままに定めたその住まいを飾るすばらしい細工を、ふたたび見たかった。
 私たちがイングランドに着いたのは十月初めで、今は二月だった。そこで、三月が過ぎたら北に向って旅を始めることに決めた。この長途の旅に際して私たちは、エディンバラへの大道を通らず、ウィンザー、オクスフォード、マトロッタ、カンバーランド湖水地方などに寄るつもりで、七月の終りごろにはこの旅の終点に着くことに決めた。私は、スコットランドの北部山地のどこか人知れぬ片隅で、自分の仕事を仕上げることに決めて、化学器具と集めた材料を荷造りした。
 私たちは、三月の二十七日にロンドンを立ち、二、三日ウィンザーに滞在して、そこの美しい森のなかを散歩した。これは私たちの山国の人間には目新しい風景であって、厳めしい※[#「木+解」、第3水準1−86−22]の木、たくさんの鳥獣、堂々とした鹿のむれになどは、いずれも珍らしかった。
 そこから私たちはオクスフォードへ行った。この都会に入ると私たちは、一世紀半以上も前にここに起った出来事を思い出さずにいられなかった。チャールズ一世が軍隊を集めたのは、ここであった。国民全部が議会と自由の旗を守って王の味方をすることをやめた後でも、この市に忠義を立てとおした。あの不運な王、その仲間、気立てのやさしいフォークランド、傲慢なゴーリング、王妃、王子等の憶い出は、この人たちが住んでいたとおもわれるこの市のあらゆる部分に、特別の興味を与えている。古い時代の魂がここにはとどまっており、私たちはその足跡を尋ねて喜んだ。こういう感情が想像力を満足させなかったとしても、市の外観は、それだけでもなお十分に、私たちを感歎させるような美しさをもっている。大学の各学部は古色を帯
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