にして棄て去ったことを考えると、怒りが、激烈な怒りが戻ってきて、人間のものを何ひとつ傷つけることがてきなかったので、この憤ろしさを無生物に向けた。夜おそくなってから家のまわりにいろいろな燃えやすいものを集め、菜園のわざわざ作ったらしいものを残らずめちゃめちゃにしてから、逸る心を抑えて、月が沈むまで事を始めるのを待った。
「夜が更けてくるにつれて、森のほうから強い風がおこり、空に低迷していた雲をたちまち吹きはらった。その強風が大雪崩のように押しまくり、わたしの魂のなかで狂乱状態となって、理性や反省のあらゆる束縛を破ってしまった。わたしは一本の乾いた木の枝に火をつけ、おとなしくしている家のまわりを荒々しく踊り狂ったが、眼はただ、月の下端がまさに触れようとしている西の地平線を見つめたままだった。月の円の一端がついに隠れると、わたしは燃える木の枝を振りまわし、月がすっかり沈んだのを見すまし、大きな叫び声をあげて、集めておいた藁やヒースの木や灌木に火をつけた。風が火を煽り、家はたちまち焔に包まれた。焔は家にまといつき、叉になった破滅の舌でそれを舐めるのだった。
「いくら加勢して消しとめようとしても、この家のどこの部分も助りっこない、と見定めると、わたしはまもなく、その場を去って森のなかへ逃げこんだ。
「さてこんどは、この世に抛り出された身が、どこへ歩みを向けたものだろう? この不運の現場から遠くへ逃げ去ることには決めたが、憎まれ蔑まれるこの身にとっては、この国だって同様に怖ろしいにきまっている。とうとう、あんたというものがわたしの心を掠めた。あんたが書いたものから、あんたがわたしの父、わたしの創造者であることを知らされた。わたしに生命を与えた者にお願いするよりほかに適当な方法があるだろうか。フェリクスがサフィーに教えた課業のうちには、地理学も省かれてはなかったので、それによってわたしは、地上のさまざまな国の相対的位置を学んでおいたのだ。あんたの生れた町の名は、ジュネーヴと書き記してあったので、わたしは、この場所に向って行くことに決めた。
「しかし、どうして方角をきめたらいいのか。目的地に達するには西南の方角に旅行しなければいけないことは知っていたが、案内してくれるものは太陽のほかになかった。通過することになっている町の名も知らず、さればといって、一人の人間から教えてもらうこと
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